1.羽化 − 2通りの羽化の形式
■羽化型の分類に関する考察

 枝(1959)は,ムカシヤンマの羽化を観察したときに,羽化型について明確に定義しています.それによると,『羽化において肢を胸部側面につけぴたりと止まる時期を休止期といい,その休止期の姿勢によって,直立型 upright type と倒垂型 hanging type に大別することができる』と述べています(写真1).さらに,枝(1963)は,ムカシトンボの羽化を観察したとき,各種トンボの羽化をこれら二つの型に分け,ほとんどの場合,科 family のまとまりでどちらかに属すると述べています.この見解は,最新かつ世界中の研究を網羅したトンボの生態学書である「トンボの博物学 Corbet (1999)」でもそのまま引用されており,ほぼ世界的に定着した考え方であるといえます.

 枝(1963)によると,直立型の羽化をするトンボは,イトトンボ科 Coenagrionidae,モノサシトンボ科 Platycnemididae,アオイトトンボ科 Lestidae,日本のムカシヤンマ科 Petaluridae,サナエトンボ科 Gomphidae の各種であり,倒垂型の羽化をするのは,カワトンボ科 Calopterygidae,外国産のムカシトンボ科数種,ヤンマ科 Aeshnidae,オニヤンマ科 Cordulegastridae,トンボ科 Libellulidae の各種とされています.さらに井上・谷(1999)では,その後の研究成果をふまえ,ヤマイトトンボ科 Megapodagrionidae 及びミナミカワトンボ科 Euphaeidae を直立型に,エゾトンボ科 Corduliidae を倒垂型に,それぞれを付け加えています.

 私も上記の意見にほぼ賛成で,拙著「神戸のトンボ」ではこのように解説しました.しかし私は最近,この中でカワトンボ科についてだけは,少し再考察が必要ではないかと考えています.結論から言うと,上記の定義によれば,カワトンボ科は直立型になる可能性があるということです.フロリダの均翅亜目のトンボをまとめた,Sidney W. Dunkle の「DAMSELFLIES of Florida, Bermuda and the Bahamas (フロリダ,バミューダ,バハマ諸島の均翅類)」のとびらの写真にカワトンボ科の Hetaerina americana の羽化の写真が掲載されており,その休止姿勢は明らかに直立型です.その写真をここに引用させていただきました(写真1右).

羽化の定義とカワトンボ科の休止期
写真1.左:倒垂型の羽化(ヨツボシトンボ)と,右:直立型の羽化(ヤマサナエ)
右:カワトンボ科の Hetaerina americana の休止姿勢(Dunkle, 1990 より引用)
ハグロトンボの羽化後半
写真2.ハグロトンボの羽化.
後半の翅の伸張期.
 そこで,私は,日本産のカワトンボ科の羽化の報告がないかと探してみましたが,意外にもカワトンボ科の羽化に関して報告した文献がなかなか見あたらないのです.インターネットでは,S. SHIMURA 氏のページ「芦屋市のトンボ」の中に,ニシカワトンボ(現アサヒナカワトンボ)の休止期の写真があり,これを見るとやはり直立型で,氏もそのような見解を述べておられます.また,杉村ら(1999)には次のように書かれています.「均翅亜目の中でもカワトンボ科はかなりはっきり背方へ反り返り,両者の中間かむしろ倒垂型に近い姿勢をとる」.これによると一応倒垂型に分類していると考えられますが,明確に倒垂型であるとは断言していません.

 カワトンボ科は翅の伸張が生じる羽化の後半では倒垂型のように羽化殻にぶら下がっています(写真2).したがってこれを見ると倒垂型のように見えますが,羽化型の定義は休止期の姿勢によってなされていますから,Dunkle (1990) の写真1右がカワトンボ科において一般的であるならば,基本型は直立型であると考えるべきでしょう.皆さんの中で,カワトンボ科の羽化の休止姿勢の観察例や写真があればまたメールででもご連絡ください.きっと興味深い議論になると思います.

 したがって,現時点で,私は,カワトンボ科に関しては,暫定的に「直立型の羽化をするが,後半は倒垂型のようにふるまう」という見解を持っています.こうなれば,均翅亜目のほとんどすべてが直立型に属することになり,トンボの系統性においても非常にすっきりするような気がしています.


■直立型の羽化

 羽化の過程については,文章で書くより,写真で見ていただく方が確実です.下の一連の写真は,オキナワサナエを自宅で羽化させたときのものです.全体でだいたい1時間足らずで羽化を完了してしまいました.休止期の姿勢から典型的な直立型です.

オキナワサナエの羽化
水からあがり定位,そして休止期の状態です.休止期では肢が固まるのを待っています.
オキナワサナエの羽化
休止期が終わると,突然前にかがみ込み,一気に腹部を抜き去ります.
オキナワサナエの羽化
翅は基部から伸びていきます.直立型の大きな特徴の一つです.
オキナワサナエの羽化
腹部も伸びて,翅が開きます.こうなるともう一生翅をたたむことはありません.
■倒垂型の羽化

 倒垂型の羽化も写真で見ていただきましょう.クロスジギンヤンマの自宅内での羽化です.20:05 に定位して,最後から2枚目の状態になったのが 1:02 でした.休止期で30分過ごしており,これが長いのが倒垂型の一般的な特徴です.

クロスジギンヤンマの羽化
枝に登り定位,その後背中が割れて,成虫が姿を見せ始めた.
クロスジギンヤンマの羽化
休止期を30分ほど過ごした後,起きあがって一気に腹部を抜き去る.
クロスジギンヤンマの羽化
翅は全体が一様に伸びる.肛門水といって体内の不要な水分を放出している(中).
その後翅が開いて,羽化が完了した.
■羽化殻を観察しよう

 羽化というと,そのダイナミックな変身の姿にばかり注目が集まりますが,成虫が飛び去った後に残された羽化殻も,なかなか味があっていいものです.トンボが何か語っているように感じるのは私だけでしょうか.まあ,文学的な感想はさておいて,どういったところで羽化しているかを知ることや,羽化殻の状態(泥が付いていたりいなかったり)は,そのトンボの生態を知る上で貴重な資料となります.羽化殻の写真を撮り,それを収集しても自然破壊になりませんから,これからは是非勧めたいトンボ観察の一方法です.

羽化殻の観察
左:平地の池で暮らすコフキトンボの生息地近くには,さまざまの建造物が建っていく.
右:湿地に暮らすハラビロトンボ.背景に湿地の水面が輝いている.
羽化殻の観察
左:ヨシがたくさん生えた池で羽化したウチワヤンマ.
右:山に囲まれた池で羽化したタイワンウチワヤンマ.
羽化殻の観察
左:ギンヤンマは植生豊かな池で生息している.
右:巨体と言っていいオオヤマトンボが,なんと樹木のかなり高い位置まで登って羽化した.

Corbet, P. S., 1999. Dragonflies Behavior and Ecology of Odonata. Cornell Universitiy Press. New York.
Dunkle, S. W., 1990. Damselflies of Florida, Bermuda and the Bahamas. Scientific Publishers. Gainesville, Florida - Washington D.C.
枝 重夫,1959.ムカシヤンマの羽化経過.Tombo 2(3/4): 18-24.
枝 重夫,1963.ムカシトンボの羽化観察.Tombo 6(1/2): 2-7.
井上清・谷幸三,1999.トンボのすべて.トンボ出版.大阪.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.札幌.


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