不均翅亜目  Suborder Anisoptera Selys, 1840

T.不均翅亜目の系統分類上の問題点

 日本産の不均翅亜目 Anisoptera には,6科156種・亜種が含まれている.これら不均翅亜目は,さまざまの形質を使って大きく分けることができる.不均翅亜目を分ける大きな違いのいくつかを列記してみよう.
(1) 産卵器官の違い
均翅亜目はすべてのトンボが産卵管を持っている.対して不均翅亜目の産卵器官には2種類あって,一つが産卵管で,もう一つは産卵弁または生殖弁と呼ばれるものである.

(2) 複眼の接し方違い
均翅亜目はすべてのトンボが複眼が大きく離れていて接することがない.対して不均翅亜目には,複眼が接しているものと,明らかに離れているものがある.

(3) 幼虫下唇の形態の違い
不均翅亜目の幼虫には,下唇が顔の下半分をおおい通常腮刺毛や側刺毛のあるスプーン型のものと,通常腮刺毛や側刺毛がなく板状で頭部の下に位置するものとの2種類がある.

(4) 胚発生時における胚帯陥入の違い
均翅亜目・ムカシトンボ亜目の胚帯は陥入型に属するが,不均翅亜目では陥入型に属するものと部分陥入型に属するものがある(Ando, 1962).

(5) 羽化の休止期における姿勢
直立型といわれ,休止期に羽化殻から立ち上がるようにして静止するタイプと,倒垂型といわれ,のけぞるように後方に体を反らすタイプとがある.

 以上の形態や様式,行動の違いは,科のレベルで完全に分かれる.それらを均翅亜目やムカシトンボ亜目と対比してまとめたのが図1である.


図1.不均翅亜目を分ける大きな違い.


 不均翅亜目が,均翅亜目・ムカシトンボ亜目を経て進化してきたと仮定すると,この形質の比較から,以下のような考え方ができると思われる.
  1. 幼虫の下唇と,羽化姿勢については,均翅亜目・ムカシトンボ亜目グループでも両者の形質を有したグループに分化しているので,不均翅亜目が分岐後,生息環境が選択圧となって生じた並行進化の結果であると考えることが可能である.ただし,筆者は,均翅亜目のうち倒垂型の羽化をするといわれているカワトンボ科に関して,「羽化は直立型であるが後半は倒垂型のような経過をたどる」という見解を持っているので,筆者の考えでは均翅亜目はすべて直立型の羽化をする,としてよいと思っている.

  2. ムカシヤンマ科は,各形質において,その祖先と考えられる均翅亜目・ムカシトンボ亜目グループ全部,あるいは一部,の持つ形質をすべて備えており,不均翅亜目の中ではもっとも古い系統のものであると考えることが可能である.

  3. 不均翅亜目がリニアに進化してきたとするならば,サナエトンボ科とヤンマ科の形質の逆転をどう解釈するかが大きな問題となりそうである.

  4. オニヤンマ科,エゾトンボ科,トンボ科は,均翅亜目・ムカシトンボ亜目グループの持っていない形質を数多く有しているので,もっとも特化した(進化した)グループであると考えることが可能である.
 以上のことから,不均翅亜目の系統分類に関して一番やっかいな問題が,3.番の問題であるということには気づかれるであろう.



U.さまざまの系統分類

 以上検討したように,私のようなアマチュアが見ても難しい問題を含んでいそうな不均翅亜目の大分類に関しては,研究者の間で十分な意見の一致を見ていないのが現状のようである.ここでは,3人の考え方をを紹介しておきたい.
1.Fraser (1957) の分類
 彼の検索表では,幼虫の下唇や砂嚢(gizzard)の形質を使って,まず,不均翅亜目をヤンマ上科 Aeshnoidea,オニヤンマ上科 Cordulegasteroidea,そしてトンボ上科 Libelluloidea に分けている.ヤンマ上科はムカシヤンマ科,ヤンマ科,サナエトンボ科を,オニヤンマ上科はオニヤンマ科を,トンボ上科はエゾトンボ科とトンボ科を,それぞれ含んでいる.

2.Ando (1962) の系統樹
 彼の系統樹はトンボ目のページで紹介した.彼は,サナエトンボ科の胚帯の陥入様式が特異であること(卵形が丸いのに陥入型:図1)から,不均翅亜目の進化の早い時期にサナエトンボ科が分岐し,他方の分岐はムカシヤンマ科−ヤンマ科へ,もう一つの分岐はオニヤンマ科−トンボ科へと進化したと考え,不均翅亜目は大きく3つのグループからなるという考えを提出した.

3.Carle (1995) の分類
 彼は「不均翅亜目の進化と系統分類に関する批判の上に立った,古代ゴンドワナ大陸のトンボの進化・分類・生物地理」と題する論文で,分岐分類学を彼独自に発展させた手法で,不均翅亜目の,それまでにない新しい分類体系を提案した.彼は徹底した形質の評価と数値化を行って不均翅亜目の検索表を作成したが,その一部を筆者が分岐図にしたものを図2に紹介する.
 これ以外にもたくさんの考え方が存在すると思われる.しかしつまるところ,どの形質を重要視するかという考え方のちがいによる.


図2.Carle (1955) による不均翅亜目の分岐図.


 これら3人の考え方で,私がおもしろいと感じているのは,Carle (1995) がサナエトンボ上科(つまりはサナエトンボ科)を最初に分岐させたことと,Ando (1962) がサナエトンボ科が早い時期に分岐したと提案していることの一致である.Carle (1995)Ando (1962) を参照していないので,彼のマトリックス(形質を整理したもの)には胚発生の相違といった記述はなく,例えば幼虫の触覚が4節からなり第3節が一番長いといったような,複数の全く別の形質評価からの結論である.

 いずれにしても,これ以上の議論を展開することは,本ページのねらいを逸脱するのでこのあたりにしておきたい.不均翅亜目の系統分類が「熱い世界」であることを感じていただければと思う.



V.日本産の不均翅亜目の検索

 では日本産の不均翅亜目成虫の検索表を作っておきたい.上記の議論のように,さまざまに意見の分かれる上科のレベルに分けることは,系統分類の門外漢の私にはとてもできないので,いきなり科に分けておきたい.それも成虫を実践的に見分ける方法なので,系統性を無視していることを付け加えておく.

  1. a.複眼がわずかであっても離れている.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2.
    b.複眼がはっきりと接している.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4.
  2. a.下唇中片の先端に欠刻がない.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・サナエトンボ科
    b.下唇中片の先端に欠刻があって二叉になっている.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3.
  3. a.下唇中片は全体が黒褐色である.縁紋は著しく細長い.三角室は後翅のものより前翅のものの方が縦長である.♀には産卵管がある.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムカシヤンマ科
    b.下唇中片は淡黄褐色をしている.縁紋は著しく細長くない.三角室は前翅のものより後翅のものの方が縦長である.♀には産卵管はなく産卵弁がある.・・・・・・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オニヤンマ科/ミナミヤンマ属
  4. a.三角室は前後翅とも明らかに横に長い.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5.
    b.三角室は前翅のものがが縦長,または正三角形に近い形をしていて,横に長くはない.後翅のものは横に長い.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6.
  5. a.複眼が1点で接している.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オニヤンマ科/オニヤンマ属
    b.複眼が線で接している.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤンマ科
  6. a.複眼の後側縁に突起部または屈曲部がある.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エゾトンボ科
    b.複眼の後側縁は屈曲せずなめらかな曲線である.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・トンボ科


図3.不均翅亜目の検索表.


Ando, H., 1962. The Comparative Embryology of Odonata with Special Reference to a Relic Dragonfly Epiophlebia superstes Selys. The Japanese Society for the Promotion of Science. Tokyo.
Carle, F. L., 1995. Evolution, taxonomy, and biogeography of ancient Gondwanian libelluloides, with comments on anisopteroid evolution and phylogenetic systematics (Anisoptera: Libelluloidea). Odonatologica, 24(4):383-424.
Fraser, F. C., 1957. A Reclassification of the Order Odonata. Royal Zoological Society if New South Wales.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.東京.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.札幌.


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