トンボノート
No.849. 夏至.2022.6.21.

今日は夏至の日です.夏至といえば一年で一番太陽が出ている時間が長い日ということで有名です.確かにその通りですが,私はトンボ,特に生活史の季節的制御,に興味がある者として,まったく別の印象を持っています.夏至というのは不思議な力を持っているように感じるのです.

日本のトンボのおそらく全部は,この夏至の日までに羽化が始まってしまうか,または幼虫が羽化を運命づけられています.春季種のように早春に羽化したトンボの幼虫は,逆にその後の羽化が抑制されます.以下これらをまとめて「(夏至までに)羽化が運命づけられている」と表現することにします.

ヤンマやエゾトンボなど夏によく見かけるトンボもだいたいこの時期には羽化が運命づけられています.秋に現れるアカトンボやアオイトトンボの仲間も羽化が運命づけられていて,その後は生殖休眠に入るという生活史を営みます.カトリヤンマ,マダラヤンマ,キトンボなど,一部の遅く羽化するトンボは,通常この時期を終齢幼虫で過ごしていますが,これらの終齢幼虫は,やはりその年に羽化することが運命づけられています.

これから外れるかもしれないものの一つが,年に二化以上する種です.ただしそれらの一化目はまず間違いなく夏至までに羽化します.ただ二化目は,夏至の後産卵された卵から発生した個体が,かなり遅い時期に羽化してくる場合もあるかもしれないので,夏至とは関係がない生活史を送っているといえるかもしれません.ただ年二化するトンボは,多くが南方に分布中心を持つトンボで,厳密な生活史の季節的制御を行わなくても生存に大きな問題が生じない種であるようです.

もう一つは成虫越冬性のトンボです.オツネントンボやホソミイトトンボの夏世代は6月終わり頃に羽化してきますが,ホソミオツネントンボやホソミイトトンボの冬世代は夏の終わりから秋にかけての羽化になるようです.

話を整理しますと,成虫越冬性の種を除く,日本に産する一年一化,多年一化の種,そして一年多化の種の一化目は,全部が夏至までに羽化が運命づけられている,ということです.「そんなの,6月は春に暖かくなって十分時間が経っているので,温度が高くなっていて羽化して当たり前」,という考え方もできるでしょう.有効積算温度の法則というよく知られたしくみからもこれは妥当な考え方です.

でもヤマサナエやタベサナエなどの春季種は,この時期すでに終齢幼虫になっていたりしますが,(おそらく)長日休眠によって来春まで羽化が延期されます.逆にアカトンボやアオイトトンボなどは,盛夏に生殖休眠するなどという難しい生活史を枠組みを身につけてまで,夏至前後に羽化が運命づけられています.これらは休眠によって有効積算温度の法則をキャンセルしています.有効積算温度の法則に則って生活史を営んでいるトンボは,夏季種とおそらく南方に分布中心を持つ一年多化のトンボたちでしょう.

トンボは熱帯で誕生し,高緯度地方へ分布が広がっていったと考えられています.高緯度地方は冬が厳しく,冬をどう乗り切るかということが重要な生存戦略となります.一方で季節を知る環境合図として日長を使うということは,広く生物界で知られている事実です.気温等の実際の気象現象は,天体の運動より遅れて地上に現れてきます.7〜8月の気温が一番高いというのはそのよい例です.つまり最大日長の夏至というのを生活史の基準として使えば,その後しばらくは(成虫にとって活動しにくい)気温が低くなる季節の到来がないことが保証されます.

ただ,この枠組みでものが言えないのが,あえて成虫で冬に突入する,成虫越冬性のトンボたちです.考えてみれば,成虫で冬の到来を待つ必要があるので,当然といえば当然でしょう.

トンボたちは自然選択の試行錯誤の中で,この夏至の日を利用することが繁殖成功率を高めるもっとも安定した基準になることを見いだし,夏至に羽化を運命づけるという進化を成し遂げたのではないかと考えています.

夏至というのは,トンボにとって,重要な季節のターニングポイントです.トンボ観察を続けている私にとっても,夏至は一年の観察の折り返し点になっています.以後は,新しく出現するトンボに出会うのではなく,すでに出ているトンボを見つけるモードになるからです.

参考:もっとも多くのトンボに出会える6月