トンボの日周活動は,さまざまな要因によって影響を受けます.一つが日齢です.前生殖期,生殖期,後生殖期それぞれで,成虫の日周活動パターンが異なることは十分予想されます.また日々の要因として天候状態が成虫の行動に大きく影響を与えることは,観察者にとって経験的に明らかです.また性別によって日周活動パターンが異なることも間違いありません.その他広域分布種であれば,棲息場所の緯度や標高によって日周活動パターンが異なってくることは十分に考えられます.
日周活動を考える上で,押さえておかなければならない重要なことは,成虫の日周的移動です.図43は,トンボが移動する場所を,概念的に示したものです.図44は,そのうち,生殖期にある成虫の日周活動の基本となる4つのサイトの具体例です.
図43.トンボの日周活動に関わる場所移動の概念図.赤の矢印で示されている移動が,日周活動に関わる移動である.黄色の矢印は,原則一生に一度の移動である.繁殖場所,出会い場所,摂食場所,ねぐらは,それぞれが重複している種もある.
図44.トンボの日周活動に関わる場所移動の具体例.① 摂食場所:オキナワチョウトンボは樹冠の上空に集合して集団で摂食する.② マルタンヤンマのねぐらにおける休息.③ ヒメサナエは,繁殖場所でも出会いが見られるが,ねぐらにつながる林床で出会うこともある.④ オオキトンボのなわばり静止.一般にトンボが集まる水域は繁殖場所そのものである.
そういった移動があることをふまえた上で,生殖期にあるトンボの日周活動パターンについて見ていくことにしましょう.上で述べたようにトンボは,日周活動を通じて移動しますので,一般にその知見は断片的にならざるを得ず,その解明には工夫が必要です.そこで,ヤブヤンマの日周活動について,過去の全23日間の断片的観察記録を重ね合わせて,その日周活動を解明してみましょう (図45).
図45.ヤブヤンマの日周活動の解明例.2009年〜2026年における,7月3日〜8月19日の間の,全23回の写真撮影記録を,4つの行動カテゴリーに分けて.それぞれの観察時刻をもとにクラフ化した.交尾はぶら下がっていたオスによるタンデム形成2回のみで,オスのぶら下がりに含めた.それぞれの観察時間は,すでに行動が起きているときから撮影を始めたり,途中で撮影を切り上げているため,実際はもっと長い.なお,図示された時刻以前に繁殖活動を行う場所を訪れたことがあり (ただし摂食飛翔が行われるとされる早朝 (杉村ら,1999) は除く),これらの活動は観察できていない.※1.上空を旋回飛翔しながらの摂食ではなく,明るい広場の低い位置を数回旋回しながら摂食飛翔した.
図46.ヤブヤンマのの日周活動写真.① オスの水域でのぶら下がり.産卵場所が見渡せる位置に止まっている.② メスの産卵.③ 11:26,メスが繁殖水域から離れた薄暗い林内でぶら下がって休息している.おそらく産卵意欲がないのであろう.④ 摂食飛翔 (黄昏飛翔).夕方谷間の上空で摂食飛翔を行う.データはすべて筆者が所有.
図45,46をもとにし,一部引用を交えて,生殖期にあるヤブヤンマの日周活動をまとめてみましょう.早朝には摂食飛翔が行われていることが知られています (杉村ら,1999).午前中に繁殖場所には何度か訪れていますが,姿を見たことがありませんので活動内容は不明です.11:00ごろからオス・メスとも繁殖活動を始めます.オスはメスより少し早く産卵場所を訪れ,産卵場所がよく見通せるところに止まったり,ときどき産卵場所を飛んで探雌飛翔をしてメスを待っています.オスのそういった活動は13:30ぐらいまでがピークで,その後もちらほら水域にやってくるオスもいます.またピークを過ぎたら,林内に入って休息するオスもいるようです.
オスより少し遅れてメスが水域に現れ産卵を始めます.産卵は16:00前後まで見られます.産卵意欲のないメスは林内で休息しているようです.16:30ぐらいから,オス・メスとも摂食飛翔 (黄昏飛翔) を始め,19:00を過ぎたあたりには終了します.おそらくその後は林内で眠るのでしょう.
ヤブヤンマの例は,断片的な観察を重ね合わせて日周活動を推定する方法をとりました.ヤブヤンマは,一日の活動場所を1ヶ所で見渡すことができない移動を伴いますので,ある意味致し方のないことです.一方で,ほぼ1日を水辺で過ごすようなトンボであれば,継続観察することで日周活動を解明することができます.次に,2022年6月12日に行った,ムスジイトトンボの日周活動の調査結果を紹介しましょう.
図47.生殖期にあるムスジイトトンボの日周活動調査.2022.6.12.緑の棒グラフは,決められたルートのセンサスによるオスの個体数.紫の折れ線グラフは同時に見られたメスの個体数.青矢印は潜水産卵が行われた時刻.*印は6月3日.このグラフ以前・以後の時刻の観察は行っていない.青木 (2023) より.
図48.生殖期にあるムスジイトトンボの日周活動写真..① オスはほぼ一日中岸近くの水面で過ごして,メスを待っている.② 産卵意欲のないメスはほとんど1日中周辺の草地などで過ごしている.③ 主に午後産卵のために水面に入ったところを,岸近くで待ちかまえていたオスに捕まり,交尾することになる.④ 産卵は少し沖の方の深みに移動して,潜水産卵を行う.
これらの図以外に,観察したことを付け加えて,生殖期にあるムスジイトトンボの日周活動をまとめてみましょう.まず池面で活動するオスの個体数が調査時間内で大きな変化がないことから,ほとんどのオスはほぼ一日中水面で過ごし,メスが産卵に入ってくるのを待っています.
メスは観察時間内にほぼ途切れず池面に姿を見せていますが,その絶対数は明らかにオスより少なく,多くのメスは周囲の草地などで過ごしていることが分かります.池面で活動するメスは午後の方が観察個体数が増える傾向があります.池面で活動するメスは単独で見つかることがほとんどなく (3個体のみ),ほとんどがタンデム (5個体) か交尾態 (25個体) という状況なので,産卵意欲のあるメスは午後になると水面に出てきて,生殖活動を行うようです.
調査日の6月12日において,交尾ペア観察数とタンデム観察数の合計30ペアに比べて産卵行動観察数1ペアと,産卵の観察例が非常に少なく,産卵は目につかない場所,すなわち沖の深い部分で潜水産卵をしていると考えられます.産卵観察例は6月3日も含めてわずか3例です.そしていずれも午後に観察されています.
最後に,モートンイトトンボの日周活動パターンを解明してみましょう.方法はヤブヤンマと同じですが,本種はオス・メスとも日中はずっと湿地に同居しておりそこから離れません.また産卵様式はメス単独による植物内産卵です.
図49.生殖期にあるモートンイトトンボの日周活動.行動カテゴリーとして,交尾,産卵,単独活動 (静止・飛翔・摂食等) の3つを選んだ.写真・ビデオ撮影記録をもとにして,図45と同様の方法でグラフを作成した.最下欄の帯グラフは,Corbet (1999) の日周活動パターンを参照するために作成した.データは2010年〜2023年における5月26日〜6月29日の間のものである.
図50.生殖期にあるモートンイトトンボの日周活動の写真.① 交尾.2010.6.10., 8:15.② 産卵.2016.6.26., 14:37.
この結果を,詳細な継続観察を行った Mizuta (1974) の研究と比較してみましょう.彼は,オスについては,麻酔したメスを細い針金に固定してオスの前に置き,オスのタンデムになろうとする反応を見る実験をしています.5時台から8時ごろまで,オスはタンデムになる反応が顕著に見られています.この論文では交尾をタンデムに含めて記録しているようなので,交尾は8時台には終了したことになります.そしてそれ以後は,オスはメスのモデルに反応しないとのことです.図49とは少し終了時間の差がありますが,交尾が早朝に行われる点は一致しています.オスの性的行動は,体内時計に支配されているのかもしれませんね.
一方産卵は,9時台から17時台まで見られたと書かれています.かなり朝早くから産卵していることが記録されていますが,図49との違いは,10時台から12時前までおよび15時台以降の私の観察が欠落していることが原因していると思われます.また静止,摂食,単独飛翔などの行動は,オスは5時台から19時台まで,メスは8時台から19時台まで観察されていることが示されています.このあたりも図49と矛盾はないといえるでしょう.私たち研究家が特に計画的でない観察を行っても,その回数が多ければ,かなり正確にトンボの日周活動の知見が得られることが示されていると思います.
Corbet (1999) には,トンボの日周活動パターンが類型化されており.その中でこの論文から,オスの性的活動がさかんな部分 (5時台から8時台) だけを引用して,「オスはUF型 (午前活動型) である (表1)」とカテゴライズしています.実際のモートンイトトンボの活動をメスも含めて考えると,上記のように少し違ったものになりますので,日周活動パターンを記述するときには,性による違いに注意をする必要があります.
ここで Corbet (1999) が類型化した,日周活動のパターンを紹介しておきましょう.
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パターン |
記号 |
活動が目立つ時間帯 |
日本産トンボの具体例 |
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| 単峰型(U) |
UN |
正午を中心に午前から午後にかけて連続的に活動する. |
ムスジイトトンボ♂ |
| (U) |
UN+RS |
正午前後とそれとは不連続に薄明と薄暮に活動する. |
ヤブヤンマ♂♀ |
| (U) |
UA |
午後を中心に活動する. |
モートンイトトンボ♀ |
| (U) |
UF |
午前を中心に活動する. |
モートンイトトンボ♂ |
| 二峰型(B) |
BFA |
午前と午後に活動し途中活動の低下が見られる. |
− |
| (B) |
BRS |
薄明・薄暮に活動する. |
前生殖期のカトリヤンマ♂♀ |
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表1.Corbet (1999) による,日周活動のカテゴリー.少し英文を意訳している.具体例は,ここで解明した例を挙げた.カトリヤンマは栗林 (1965) による.
さて,この項の最後に,日周活動において「活動しない」という部分について触れておきましょう.つまり,
ねぐら roost で過ごすことです.ねぐらは,夜間を過ごす場所と単純に考えてしまいがちですが,暗くなったり,不適切な気温,強い風が吹いているなど,活動するのに不都合な状況のときに,特定の場所に移動して活動を止め,静止している状態をして,「ねぐらに就いている」と呼んでいます (Corbet, 1999).極端な例ですが,台風が来たときには,昼間でも,風雨を避ける場所に潜り込んでじっと耐えている,というのも「ねぐらに就いている」ということになります.
ねぐらに就いているときの静止姿勢は,活動しているときのそれと異なっている場合があります.晩秋のアキアカネを観察に行ったとき,急激に天候が悪化し雨が降ってきたときのことでした.アキアカネは木の枝の中に潜り込み,懸垂姿勢で静止するのを観察しました.エゾトンボの静止姿勢についても,繁殖場所の湿地の近くの明るい林縁では体をやや傾けた状態でいつでも飛べるように止まるのに対し,水域から離れた薄暗い樹林の中で休息しているときには完全な懸垂姿勢になります.
図51.エゾトンボ♀の静止姿勢の違い.① 繁殖場所がすぐ近くにある林縁での,体をやや傾けた状態での静止.2020.7.26., 12:18.② 繁殖場所から遠く離れた薄暗い林の中での完全懸垂状態での静止.2024.8.3., 13:01.①②は単に静止支持物の傾きの違いによると解釈もできるが,逆にトンボがそれを選んでいると見ることもできる.②の個体は,はじめは①に近い状態で別の枝に止まっていたが,やがて止まり場所を②の枝に変えて,13:01〜14:00 (静止はそれ以後も続いていた) まで懸垂姿勢で静止していたことを確認している.
ねぐらでは,同種・異種のトンボがある程度集団になることがあります.これはおそらく,各個体が,繁殖場所からねぐらとして好適な場所を探している間に,自然と同じ目的地にたどり着いてしまうためでしょう.観察者の我々も,特に人気種の集まるねぐらには毎年のようにそのトンボが複数やってくることを知っており,有名な観察スポットになったりします.これはとりもなおさず,トンボの目で探しているねぐらが,結果として毎年同じ場所になっていることに他なりません.
図52.オニヤンマのねぐらに複数の個体が集まっている.左下にはエゾトンボの♂も見える.
以上は昼間に活動を休止してねぐらに集まってくる例ですが,実際に夜間にねぐらに集合しているトンボを観察したことがあります.ヒヌマイトトンボです.これは 二宗 (1997) で報告されましたが,筆者も参加しました.夜間にオスとメスが混じって集団で睡眠しているのです.この報告には次のような記述があります.「懐中電灯で照らしても逃げないし,手で捕まえてもじっとしている.そっと戻してもそのまま止まっている.ぐっすりと眠っているようであった.捕食者であるアオモンイトトンボもヒヌマイトトンボと一緒に寝ていた.」
図53.ヒヌマイトトンボのねぐら (ヨシ原の縁) における集団睡眠.1996.7.20., 21:00.
ヒヌマイトトンボの日周活動は,近縁のモートンイトトンボとよく似ています.早朝から午前にかけてだけ交尾を行うので,オス・メスが集合していることは都合がよいと思われます.捕食者も一緒に眠っているという点は,笑えませんが,これも効果的です.