トンボ目は通常,成虫においてすら,この中の
glossa と
paraglossa がはっきり分化していないという特徴がある.幼虫についても事情は同じで,とりあえず中央の葉片を
median lobe (中片),両側の節片を
lateral lobe(s) (側片)と名付け,その器官の相同性について保留してきた歴史がある.例えば,
Bërner という研究者は,動鉤が純粋な
palpi に該当し,それ以外の側片の部分が
paraglossa,中片の部分が
glossa である,といったアイデアを提唱した.上図の形だけを見ていると確かにそう見えるかもしれない.
Corbet (1953) は,その後の知見を総合して,
lateral lobes は
palpi と相同であるので,
labial palpi と呼ぶべきである,としたが,一方で
median lobe については,まだ相同性が証明されていないので,相同性を意味してしまう術語を使うべきではないとして,
median lobe のまま留保しておいた.またトンボの
postmentum は1節片からなるので,
Snodgrass (1935) の定義による
mentum,submentum を使う理由はないとし,
Snodgrass (1935) の
prementum と同じ意味で
mentum を使っている実態に対し,
mentum を使わず
prementum を使うべきであるとした.
Asahina (1954) はムカシトンボの解剖学的研究によって,
median lobe が
glossa と
paraglossa すなわち
ligula であることを証明し,したがって
lateral lobes が
palpi であると確認し,
Bërner のアイデアは間違っていると述べた.しかし,
Asahina (1954) は
Snodgrass (1935) の
prementum と同じ意味で
mentum を使い,
postmentum に対して
submentum を使っている(ただし,
submentum は
postmentum と同じであると本文中に記している).
素木(1962)は,その編著「昆虫学辞典」において,
mentum,
submentum に対して
Snodgrass の考え方を紹介しているが,同著の用語図解の
Plate-11 では,トンボ幼虫の該当部分に対して
mentum,submentum を用いている.また素木は,
"median lobe of labium" という語の訳語として「下唇中片」を与え,その意味として「
Odonata において,下脣基節(
mentum)のことをこのように称する.」と解説している.
朝比奈(1969)は「日本幼虫図鑑(北隆館)」の体制模式図において,
prementum の部分に
mentum という語をあて,訳語に「下唇腮」を,
median lobe に「腮の中片」,
lateral lobe に「側片」を当てている.
その後,日本の各研究者の幼虫記載論文においては,研究者によって,また同じ研究者でも時期が違うことによって,術語の用法に微妙な「ゆらぎ」が見られる.それらをまとめると以下の3点になると思われる.
- Snodgrass (1935) の "prementum" の同義語として,「下唇中片」,「下唇腮」,「下唇基節」が使われている.
- "mentum" が Snodgrass (1935) の "prementum" と同じ場所を示すものとして使われている.
- 「下唇腮」,「下唇基節」が Snodgrass (1935) の "prelabium" と同じ領域を示すように使われている.
これらの問題の解決については専門家にゆだねなければならないが,利用者が混乱を招かないために問題点を整理しておく必要性を感じ,ここに検討を行った.その結果として,本
Web サイトで使用する術語の定義を,最初の図「トンボ目下唇各部の名称」に示した.