トンボ歳時記総集編 9月中旬−10月

金緑色に輝くイトトンボ
写真1.抽水植生が密に繁茂する沼.

 秋に現れるやや大きめのイトトンボ,アオイトトンボ属を紹介しましょう.これら3種は,見た目はとてもよく似ていますが,その生態にはかなりの違いがあります.また,この中のコバネアオイトトンボは絶滅危惧IB類で,兵庫県ではこの20年ほどの間に,ほとんどが姿を消してしまいました.現在は見つけること自体が非常に困難になっています.

 それではまずアオイトトンボから見ていきましょう.アオイトトンボは卵で越冬し,春に孵化,急速に幼虫が成長します.この成長速度はかなり速いようです.飼育では52日という記録があります*1.仮に4月上旬に孵化したとすれば,単純計算で5月下旬には羽化する計算になります.消長図でも,5月中旬あたりから成虫の姿が見られ始めています.羽化した成虫は,池の近くの林の中にもぐりこんで秋まで生活しています.ただ,私はこの点に関して,一つ面白い観察をしたことがあります.まわりに樹林のない街中の池で,初夏にアオイトトンボがたくさん羽化していました.同じ池に盛夏に訪れてみたところ,池のまわりの草地の中で,まわりの建物の陰になるようなところにもぐりこんで夏を過ごしていました.このような夏の越し方もあるようです.
 そして8月の下旬になりますと,9月からの繁殖活動開始に向けて,成熟が進んだ個体が見られるようになります.

写真2.左上:6月10日,左下:5月10日,中:5月26日,右:6月23日.5,6月に見られるアオイトトンボ.羽化をはじめ,未熟な個体が見られる.
写真3.8月20日.林床で暮らすアオイトトンボ.8月にもなると,胸側や腹部第9節などに白い粉を吹いている.複眼がまだ完全に青くなっていない.

 繁殖活動は9月の中旬から見られます.繁殖活動が始まったころは,個体数も多く,集団産卵もよく見られます.ふつう,アオイトトンボは,水面より高い位置にある抽水植物の葉などに連結植物内産卵しますので,ヒメガマなどが繁茂する池で産卵活動が見られます.通常水の中から突き出ている植物に産卵することが多いですが,一例,干上がった池に生えているヒメガマに産卵をしている集団を見たことがあります.また,アオイトトンボは潜水産卵をすることが知られています.あまり目にすることはありませんが,タンデム状態で後ずさりしながら結構深く潜っていきます.

写真4.9月14日.干上がった池に生えているヒメガマに産卵するアオイトトンボのペア.
写真5.9月14日.池の堤に生えているイに産卵するアオイトトンボ.9月のこの時期のアオイトトンボは体色も輝き若々しい感じがする.
写真6.9月24日.潜水産卵をするアオイトトンボ(左).右は潜水産卵を終えて水上に出るところ.メスの腹部が伸びている.

 集団産卵は,産卵に適した植物が少ないときによく見られます.下の写真では,産卵に適した背の高い植物が1本しかなく,そこにアオイトトンボが集まってきて,集団産卵になっています.また,水際に生えている1株しかないカンガレイに集まって産卵しています.

写真7.9月22日.産卵するアオイトトンボのペアたち.
写真8.9月22日.1本しかない背の高い抽水植物に,次々とアオイトトンボのペアが集まってくる.
写真9.9月22日.3ペアが1本の植物に集まって集団産卵をしている.
写真10.9月27日.水際に生えている1株だけのカンガレイの株に集まって産卵するアオイトトンボのペアたち.

 アオイトトンボは,池の周辺でメスを見つけているようです.そしてタンデムを形成し,移精を行います.その後交尾をしてから,産卵を始めます.交尾は特に池から離れることなく,池の中の植物に止まって行われています.

写真11.左:10月13日,右:10月7日.池に止まってメスを待つアオイトトンボのオス(左)と,メスを捕まえてタンデムを形成したオス.
写真12.左:9月16日,右:10月7日.タンデムになった後は移精を行う(左).そしてその後で交尾を行う(右).

 アオイトトンボの産卵活動は,ふつう11月上旬まで見られます.その後,意外と早く成虫の姿が見られなくなり,12月になる前には姿を消すようです.9月中旬に繁殖活動が始まって約2ヶ月少々で繁殖活動を終えます.ふつう3ヶ月以上続くアカトンボに比べると,繁殖活動を行っている期間は短い感じがします.私のもっとも遅い目撃記録は11月20日で,タンデムになったペアでした.

写真13.10月29日.身体がかなり薄汚れてしまっている.水面近くの植物の茎に産卵.珍しく腹端を水の中に沈めて産卵している(右).
写真14.11月5日.オオキトンボが活動している池岸のイに産卵をするペア.
写真15.左:10月27日,右:11月20日.アオイトトンボでは珍しい,茶金色のメスとの産卵.右は私のもっとも遅い記録.まだ繁殖活動をしている.

 では次はオオアオイトトンボを見ていきましょう.オオアオイトトンボの季節的消長は,アオイトトンボに比べて2旬ほど遅い方にシフトした感じです.6月に羽化や羽化殻を観察しています.羽化した成虫は,アオイトトンボと同じように林床にもぐり込んで,9月後半の繁殖開始時期まで生活します.
 オオアオイトトンボは,アオイトトンボに比べ,淡色部がより黄色っぽい色彩になっていて,成熟が進んでもねずみ色の粉を吹くことがありません.また,金属光沢のある緑色はアオイトトンボより少し鮮やかなので,その対比が際立ちます.またオスは,成熟したとき複眼は青色にならず青緑色に輝きます.

写真16.6月11日.屋外でのオオアオイトトンボの羽化.直立型の羽化である.後半は翅が一様に伸びる.
写真17.左:6月7日,右:7月13日.羽化殻(左)は,原産卵管の形状でオオアオイトトンボと分かる.林床で生活するオオアオイトトンボ(右).
写真18.9月18日.標高10mの地点.9月になっても,8月の時とあまり変わらず,やはり林床の暗いところで生活を続けている.

 標高の高いところでは,羽化が遅れ,繁殖開始が早くなる傾向があるように見えます.観察例が少ないので確証はありませんが,未熟な(生殖休眠の)期間が短くなる感じがするのです.標高890mの地点で8月4日に羽化直後の個体を見,金緑色の部分がやや褐色味を帯び始めた成熟した感じのオスを,同じ890mの地点で8月30日に目撃,そして,9月4日,19日に標高690mの地点で,繁殖活動を観察しています.

写真19.左:8月4日,右:8月30日.標高890mでの観察.標高が高くなると羽化が遅くなり(左),緑色部分がやや褐色味を帯びて早く成熟している(右).
写真20.左:9月4日,右:9月19日.標高690mの地点での繁殖活動は9月上旬から始まる.左は移精,右はイロハモミジに止まる産卵ペア.
写真21.9月19日.水面のうえに張ったイロハモミジの枝に産卵するペア.白っぽい斑点は,おそらく古い産卵痕であろう.標高690m.
写真22.10月7日.上と同じ標高690mの場所で,10月に見られた繁殖活動.三連結になっている.

 標高の低い場所でのオオアオイトトンボの産卵は,9月下旬から始まるようです.もっとも盛んなのは10月から11月にかけてです.上の写真にあるように,オオアオイトトンボは樹木の樹皮内に産卵します.多くの場合,産卵する枝は水面に張りだした部分です.かなり高い場所にも産卵し,上空を見上げるようにして探すと見つかったりする場合があります.固い樹皮に産卵するため,メスの腹部第9.10節は太く横に広がっています.そして,産卵管を突き立てる力が入りやすいように,メスは腹部をU字型に曲げ,6本の脚で枝をつかんで引くようにして,全身の力で産卵を行っています.

写真23.10月4日.繁殖活動の始まりだ.産卵管を立てている腹部先端を抱え込むような位置に6本の脚を置き,脚を引く反作用で産卵管を突き立てる.

 10月の中旬にもなると,午後3時も過ぎるとかなり陽が西に傾き,気温も下がり始めます.オオアオイトトンボはこのぐらいの時間に産卵を始めます.14:00ごろには,タンデムになったり交尾しているペアが見られたりしますが,なかなか産卵行動を始めません.タンデムであちこちを飛び回り,止まってもメスは腹部を伸ばしたままです.産卵を観察に行くと,この状態でかなり待たされることがあります.

写真24.10月23日.14:00過ぎ.タンデムのペアが,あちこちを移動しながら過ごしている.ときには交尾も見られるが,産卵行動は始まらない.
写真25.10月23日.時期的に紅葉が進む時期.赤や黄色の葉を背景に,緑と黄色の体のオオアオイトトンボ,対比のコントラストが面白い.
写真26.10月23日.15:00を過ぎたら産卵が始まった.
写真27.10月23日.非常に高いところで産卵をしているペアがいることが分かる.同じくらいのところをペアが飛んでいる.
写真28.10月23日.16:00を過ぎても産卵は続く.左の写真のメスの腹部第9,10節が非常に太いのが分かるであろう.

 産卵は11月に入っても続き,11月上旬までかなりふつうに見られます.しかし,中旬から下旬になると,数が減ってきます.ただ,私は11月20日に産卵活動を見ています.14:00過ぎに,かなり傾いた日を浴びながらの産卵でした.池岸の低木での産卵で,見上げることなく,間近に産卵活動を観察できました.

写真29.11月20日.11月下旬の産卵.この時期になると,金緑色の部分が,角度によって茶金色に見えるようになってくる.
写真30.11月20日.もうほとんど腹部先端を抱え込んでいるぐらいに腹部を曲げ,力を入れて産卵管を突き立てている.
写真31.11月20日.珍しく水際の低木で産卵しているので,見上げることなく写真記録ができている.
写真32.11月20日.低い位置で産卵しているので,池面の光の反射が背景に写る.オオアオイトトンボとしては珍しいアングルだ.

 12月に入ると,さすがのオオアオイトトンボも,その姿を観察するのが難しくなります.私は12月4日に1頭のオスを見たことがあるだけです.前胸や腹部背面の金緑色の部分は,コバネアオイトトンボのように茶金色に変わっていました.

写真33.12月4日.13:40だが,もうかなり日が傾いて見える.前胸と腹部背面が,角度にもよるのだが,茶金色に輝いている.

 では最後はコバネアオイトトンボです.コバネアオイトトンボは,別の記事でも主に減少の状況について紹介しています.ここでは,季節的消長に絞って紹介をしたいと思います.
 コバネアオイトトンボは,絶滅危惧IB類のトンボで,兵庫県でも減少が著しいトンボです.まだ十分な調査はできていませんが,過去の主な生息地からは姿を消しました.一昨年まで見られた唯一の定住生息地も,昨年は見られなかったと友人から報告を受けています.ときどき思いがけないところで見つかることがあるので,今後は単発的に見つかる程度になるかもしれません.
 さて,コバネアオイトトンボも,アオイトトンボとよく似た季節的消長をたどります.アオイトトンボ属に共通するように,卵越冬し,春に孵化,急速な幼虫成長を経て,6月上旬には終齢幼虫になっているようです.そして羽化は6月後半に行われているようです.私は6月25日に羽化直後の成虫を観察しています.この池のコバネアオイトトンボは,後にも先にもこれ1回だけの単発的な出現でした.この池で,羽化に先立つ6月11日に,幼虫をすくっています(右欄外).

写真34.6月25日.コバネアオイトトンボの羽化直後の個体.羽化直後の個体は赤っぽい色彩である.

 コバネアオイトトンボは,トンボ歳時記を本格的に始めた2010年頃から急速に姿を消し始めたため,この10年間の7,8,9月の写真記録がありません.それ以前には,ときどきその姿を色々なところで見ています.そのころの観察から,羽化した後の未熟な成虫は,他のアオイトトンボ属と同様,林床にもぐり込んで生活しているようです.また神戸にあった大産地では,池に通じるササ原にもぐり込んでいるたくさんの個体を見たことがあります.いずれにしても,秋までは隠れるようにして生活しているようです.
 コバネアオイトトンボは,比較的柔らかい抽水植物,例えば,カンガレイ,サンカクイ,クログワイなどに産卵することが知られています.ですから大きな生息地には,こういった植物がたくさん生えています.

写真35.10月7日.カンガレイの植生の中に止まっているコバネアオイトトンボのメス.

 1990年代の,個体数があふれるほどにいた時代には,9月の中旬に繁殖活動を始めていました.この10年の観察では,10月に入ってから見る例がほとんどでした.10月上旬,よく晴れた日の午前9時頃,コバネアオイトトンボたちは,カンガレイなどの植生の中に姿を現します.ときどき飛んだり止まったりして,メスを探しているのでしょう.メスを見つけたオスは,メスを捕らえ,移精から交尾に至ります.

写真36.10月7日.午前9時台,コバネアオイトトンボが現れ,あちこちに止まったり飛んだりして,おそらくメスを探したり摂食をしている.
写真37.10月30日.オスが単独のメスを捕まえると,タンデムになり,交尾に至る.

 その後,産卵が開始されます.産卵様式は連結植物内産卵で,水面より高い位置に産卵します.少しずつ後退しながら卵を植物内に産みつけていきます.コバネアオイトトンボの産卵植物は比較的柔らかいものが多いのですが,やはりメスは腹部をU字型に曲げて,6本の脚でしっかりと産卵基質をつかみ,力が入るような姿勢で産卵します.対してオスは比較的腹部を伸ばした姿勢でいることが多いです.産卵の後半にはオスがメスを放して,メスが単独産卵に移行することがしばしばあります.アオイトトンボやオオアオイトトンボではあまり見られない行動です.

写真38.10月16日.カンガレイに産卵するコバネアオイトトンボのペア.
写真39.10月16日.あちこちで産卵を続けるコバネアオイトトンボ.
写真40.10月16日.枯れたカンガレイの茎に産卵するコバネアオイトトンボ.
写真41.10月13日.オスが腹部をピンと伸ばし,メスはU字型に曲げて産卵する.コバネアオイトトンボにおいてこの姿勢は結構よく見られる.
写真42.10月16日.オスは産卵の終盤メスを放すことが度々ある.メスは単独で産卵を続ける.

 話は変わりますが,昔子どものころの昆虫採集で,アオイトトンボと思われるトンボを採集したときに,腹部側面の淡色部がやたらコバルト色をしている個体があるということに気づいていました.今思うと,これはコバネアオイトトンボだったようです.コバネアオイトトンボは,アオイトトンボやオオアオイトトンボとはまた違った色彩を呈します.金緑色の部分が茶金色になっている個体がかなりいます.これは成熟にともなってそうなるのかどうか分かりません.そして,子どものころ気づいたように,オスの胸側や腹部腹面の淡色部が,コバルト色を呈しています.複眼はアオイトトンボと同様,深い青色になります.このコバルト色は他のトンボには見られない色です.

写真43.左:10月13日,右:10月26日.オスの頭部と胸部.金属光沢に輝く色の違いと,胸側や腹部のコバルト色の対比は独特である.

 ところで,コバネアオイトトンボは,柔らかい組織を持つ抽水植物に産卵する傾向が強いのですが,場所によっては,ヒメガマのような比較的固い葉を持つ植物に産卵する場合もあります.私のある観察地では,カンガレイが2株しか生えていなくて,ヒメガマが群落をつくっています.ここでは,そのわずかなカンガレイに産卵する個体も見られますが,多くがヒメガマに産卵をしていました.ヒメガマに産卵するコバネアオイトトンボは,かなり苦労して葉の正面を切り開いて卵を挿入しているようです.このあたりはビデオに詳しく記録しました.また,産卵管が突き立ちやすい植物の傷んだ場所を腹部先端でさぐって産卵したり,枯れた葉や茎などに産卵しています.

写真44.左:10月26日,右:10月30日.ヒメガマのが葉に産卵するコバネアオイトトンボたち.より柔らかいためか枯れ葉に産卵する例が多い.
写真45.10月30日.ヒメガマの生葉に産卵するペアと,オスがメスを放した後単独で産卵するメス.
写真46.10月26日.かなり古い枯れ茎に産卵するペア(右)や,その中での交尾(左).

 10月の後半になると,産卵は主に11:00を過ぎたころから始まり,正午を過ぎても続きます.14:00頃に見られることもあります.特に産卵が集中する時間帯というのは感じられません.産卵が終わると,メスは周辺の草原に引き上げるようですが,オスは水辺の植生の中に残っているようです.

写真47.10月17日.午後,池のカンガレイの植生の中で過ごすオスたち.
写真48.10月26日と10月30日.産卵活動が終わったころ,池のヒメガマの植生内で過ごすオスたち(左3枚)と,付近の植生内で過ごすメスたち(右2枚).

 コバネアオイトトンボは,非常に数が少なく,没姿時期にまで頻繁に観察に通うことがありませんでした.そういうことで,いつ頃姿を消すかについては,ほとんど情報がありません.紹介しましたように,10月30日にも産卵活動をしていることを考えると,11月までは生き残っており,やがて姿を消していくのだろうと思います.

写真49.10月27日.10月末でもまだまだ元気に活動しているコバネアオイトトンボたち.
写真50.10月27日.この後いつ頃まで生きているのだろうか.結局分からないまま,コバネアオイトトンボは県内から消えてしまうのだろうか.