続 トンボ歳時記
No.599. ヤマサナエからキイロサナエへ.2018.6.7.

今日は梅雨の間の晴れ,前線が南の方にあるので,北部の方が安定した天気になりそうで,北部へ出かけて,ヤマサナエの産卵観察にチャレンジしました.ヤマサナエは6月中旬までは観察ができますので,産卵観察はまだ大丈夫だと考えて行きました.思惑は大当たりで,真夏のような真っ青な空でした.

▲今日の観察ポイントにきっちりとやって来たヤマサナエのオス.流れの横の草に止まっている.

樹林に隣接した細流が観察ポイントです.上の写真のように,きちんとそこにはオスがやって来ています.観察は朝の9:30から始めました.太陽の日差しは強いのですが,梅雨前線の北側に入っていますので,風はからっとしていて心地いい感じです.10:57,少し離れたところにメスが入ってきました.早速近づいて行きましたら,ホバリングの高度を上げました.あっ,逃げるか,と思い,体を硬直させました.すると流れの上に高度を下げ産卵の体勢に入りました.ホバリングしているところをまずは,…と,思いきや,草の上に止まりました.

▲産卵ポイントを決めているのだろうか,流れの上でしばらくホバリングをしていた.

▲すると対岸の草に止まった.上の写真の右隅の草である.背中を向けているので卵塊形成は分からない.

ヤマサナエが産卵時に止まる? 産卵前に少し離れたところに止まるのは見たことがあるのですが,こういう産卵ポイントに止まるのは見たことがありません.まあ止まることもあるのかもしれないと思い,記録を撮り続けました.ところが,しばらく止まったあと,飛んだかと思うと打水してすぐにまた止まるのです.

▲飛び立った後すぐにチョンと打水して,再び岸の草の上に止まった.

▲2回目の静止.この時点で,卵塊を形成しているのが確認できた.

▲すると,また飛んで,打水する.打水の瞬間の写真は頭がフレームアウト(笑).

▲3回目の静止.私に対して横を向き,さらに少し向こうに傾いて,卵塊形成がもっとも見やすいアングル.

ヤマサナエは,今までの観察では,ホバリングしながら卵塊を形成し,その後打水して放卵,これを繰り返すという形式でした.これではまるでオジロサナエの産卵のようです.私はホバリングするところを撮影するつもりでカメラを構えているので,飛ぶ時間が余りに短くとても飛翔の記録がとれません.変だなと思っているときでした.足下に止まった3回目の静止写真を撮っているときに,これは本当に大サービスともいえるアングルに止まってくれたのですが,産卵弁が下に突き出ているのに気づきました.キイロサナエだったのです.

キイロサナエの産卵といえば,水面上のやや広い範囲をせわしなく往き来しながら間欠的に打水する方法,往ったり来たりしながら泥面に腹端を打ちつける打泥産卵,連続打水産卵(これは昨年初めて見ました),などを観察してきました.しかし,静止して卵塊をつくって,ちょっと飛んで打水放卵,また止まって卵塊をつくって打水放卵,という産卵形式は初めて見ました.ただ,上の写真のように,下に突き出た産卵弁は,卵塊を保持するのに都合のよい形であるように見えます.とすると,今日見た方法がある意味本来的な産卵方法なのかもしれません.ちなみに,図鑑類には,この産卵方法はきちんと記載されています.

▲また飛んで,打水する.幅30cmほどの細流であるのが分かる.

▲再び止まって,卵塊形成を行う.4回目の静止.

▲そして,また打水のために短時間飛翔する.

▲最後の5回目の静止.このあともう一度打水して,止まることなく飛び去った.

産卵は約3分間続き,11:00に飛び去っていきました.5回卵塊づくりのために止まりました.もうキイロサナエが産卵を始める季節になっていたのです.私は来週以降にキイロサナエの産卵観察を予定していましたから,ある意味前倒しで観察ができたといえますが,ヤマサナエの方がここではもう手遅れかもしれないと思ってしまいました.

そこで,周辺を,広い範囲に渡ってオスの出ている状態を調べてみました.すると,ヤマサナエは確かにまだ優勢でしたが,キイロサナエが出始めていました.

▲ハラビロトンボを食べているヤマサナエのオス.もぐもぐタイムである.

▲キイロサナエに混じって止まっていたヤマサナエのオス.

▲キイロサナエのオス.ほんの少しだけ,淡色斑にまだ黄色みが残っている.

▲キイロサナエのオス.尾部下付属器の方が上付属器より長いのでキイロサナエと分かる.

この付近は,もう,ヤマサナエからキイロサナエへとサナエトンボが移り変わり始めているんですね.ということで,結局ヤマサナエの産卵観察は叶いませんでした.しかし,ヤマサナエについては,遅く出現する産地が別にありますので,この後も時間的にはもう少し余裕があると思っています.

ところで,メインのヤマサナエ −転じてキイロサナエ− の観察の合間,あるいは終わってから,いろいろなトンボの状況を調べました.まずは,ヤマサナエの産卵を待っているときに,目の前で交尾してくれたシオカラトンボからまとめていきましょう.

▲9:40ころ.ヤマサナエの産卵を待っているときに,目の前にシオカラトンボの交尾カップルが現れた.

▲12:00過ぎ,シオカラトンボの警護産卵を見つけた.寄り添うようにオスは警護していた.

▲警護中のシオカラトンボのオス.腹部の灰青色の粉は,まだ透き通って見えるくらいうすい.

▲オスに警護されながら飛ぶシオカラトンボのメス.

▲打水した瞬間.これから水を掻くようにして,飛ばす.

▲メスの動きに合わせて体をくねるようにして飛ぶ.

▲打水したとき,やはり水滴が前方に飛んでいる.いわゆる飛水産卵といえる.

シオカラトンボもよく見るとまだまだ若くて新鮮な個体でした.オスに警護されながら産卵していました.打水の瞬間をよく見ると,前方に水滴が飛んでいるのが分かります.いわゆる飛水産卵ですね.

▲9:54.警護なしで単独で産卵するシオカラトンボのメス.

▲打水直後の状態.水滴が丸くなって点々と前方に続いている(白矢印).

上の2枚は単独産卵していた別の個体ですが,やはりメスの先端からは水滴が飛んでいます.水滴ははじめは細長いですが,すぐに表面張力によって球形になるようです.

ヤマサナエの産卵を待っているときに,林縁で,コヤマトンボが摂食し始めました.先日コヤマトンボの飛翔を撮影したので,もう一度試してみました.1枚成功しました.

▲薄暗い林縁で摂食飛翔するコヤマトンボのオス.

キイロサナエの産卵を見た後,ハッチョウトンボを見に行きました.ちょっと早いかな,という心配は杞憂でした.何頭かのオスがもう湿地の水辺に止まっていました.メスは周辺を探してみましたが,見つかりませんでした.

▲ハッチョウトンボのオス.私の感覚では少し早い気がするが,図鑑類では出現シーズンに入っている.

▲全部で5,6頭のオスを見つけた.

ハッチョウトンボのいる湿地に続く池には,たくさんのショウジョウトンボが飛んでいました.珍しく,ショウジョウトンボとハッチョウトンボのツーショットが撮れました.

▲上がショウジョウトンボのオス,下がハッチョウトンボのオス.どちらも赤い.

ショウジョウトンボのメスが産卵に来ていました.複数のオスに次々と追いかけられながらも,見事にそれをかわして数回打水し,また逃げて数回打水しを繰り返していました.また,小径には未熟なショウジョウトンボもいました.

▲ショウジョウトンボのオス.

▲ショウジョウトンボのメス.1/1600のシャッター速度でもぶれるほど動作が速い.

▲ショウジョウトンボの未熟なメス.翅のうす黄色がとてもきれいで,独特の体色である.

イトトンボ類では,クロイトトンボとオオイトトンボが産卵をしていました.もちろん,オス単独で飛び回っているクロイトトンボの個体は無数にいました.オオイトトンボもたくさんいましたが,クロイトトンボほどではありませんでした.

▲クロイトトンボの産卵.池のコカナダもに群がるように産卵を行っていた.

▲オオイトトンボのタンデムペア.

▲オオイトトンボは数が少し少ないせいか,敏感に私を察知して逃げ回った.

▲このメス一体何に産卵をしているのだろう.オオイトトンボのカップル.

驚きはコサナエです.コサナエのオスは,まだ5頭ほどを見ましたので,生き残っているんですね.もう,淡色部は,灰緑色で,複眼も「白内障」的な色になっています.もちろんトンボには白内障などはないと思います.元気にホバリングして周辺をパトロールしていました.そしてシオヤトンボもまだまだ元気に縄張り活動を行っていました.これらの老熟したトンボを見ていると,私も頑張らねばという気になります.

▲4月下旬に産卵を観察に来た.まだ元気に夏のトンボに混じって縄張り活動を行っている.

▲シオヤトンボのオス.なんとなく翅まで白っぽくなっている.真っ白に粉を身にまとっている.

翅が白く光る大型のトンボが飛びましたので近づいてみると,ギンヤンマでした.メスの翅が泥でドロドロ.オオヤマトンボの羽化殻も見つかり,大型のトンボも本格的に出現してきました.

▲ギンヤンマの産卵.メスが翅がボロボロで,泥がいっぱい付いている.

▲ギンヤンマの羽化殻.

▲オオヤマトンボの羽化殻.

今日の最後は,モートンイトトンボの観察です.これは午後が産卵タイムですので,ちょうどよい.ただ,これもキイロサナエと同じで,少し早いかなと思いながら休耕田湿地へ入ってみました.昨日の雨で全体に水が広がっている状況で,ポイントが絞りにくく,ちょっと探すのが大変でした.

▲モートンイトトンボのオス.眼後紋が笑い顔に見える.

▲モートンイトトンボの未熟なメス.

▲モートンイトトンボのテネラルなオス.

▲橙色からグリーンに体色が変化中のモートンイトトンボのメス.

オス・メス,未熟・成熟,雑多な個体が入り交じって生活していました.でも産卵には少し時期が早かったようです.緑色のメスはそれなりにいるのですが,産卵しているのは1個体だけでした.この個体も,非常に敏感で,私の動きを嫌がったのか,すぐに産卵を止めてしまいました.

▲産卵する成熟したモートンイトトンボのメス.まだ黄緑がかっていてコバルト色にはなっていない.

▲モートンイトトンボの産卵.ほんの少し移動して別の植物に産卵をした.

季節は確実に夏に移行しています.今日はニホンカワトンボやアサヒナカワトンボを見ませんでした.残された春のトンボたちも,「元気な後期高齢者」状態になっているようですね.この時期,たくさんの種類のトンボが見られるので,報告する写真の枚数も多くなっています.そういう季節ということですね.