ルリイトトンボの少し変わった潜水産卵
ルリイトトンボの潜水産卵姿勢
タンデムで水面を動き回るルリイトトンボ
図1.タンデムで水面を動き回るルリイトトンボ.ルリイトトンボの多産地へ出かけると,午前中このようなタンデムペアがたくさん浮葉植物の上を動き回っている.
 ルリイトトンボは兵庫県には分布しません.福井県,石川県を西限として,日本海側の地域に沿って北の方に分布が広がっています.東北地方から北海道にかけては各道県に記録があります.北海道の個体群のオスは腹部の黒色部分が広がっており,ふだん目にしない人にとっては,エゾイトトンボと見間違いそうになります.ただ,DNA解析ではこれらに明瞭な差はないということです (尾園ら,2022).
図2.ルリイトトンボオスの色彩の違い.左:新潟県西部で観察した個体,右:北海道東部で観察した個体.北海道の個体の方が黒色部が広がっている.
 ここでは,このルリイトトンボの,ちょっと変わった産卵行動について紹介したいと思います.観察は石川県の個体群を使って行いました.

 均翅亜目の通常の潜水産卵は,図3のように,タンデムの場合も,メス単独の場合も,ふつう,水面で産卵していたものが,産卵基質の植物の茎や葉柄に沿ってそのまま後ずさりして潜っていきます.もちろん,ときどきですが,逆に頭から潜っていく場合も見られます (欄外図4).この場合,産卵しながら潜っていくのではなく,はじめから水面下で産卵するつもりで一気に潜っています.

図3.セスジイトトンボの潜水産卵.潜り始めたところ.ふつうはこのようにメスが後ずさりしながらオスを水中へ引き込むように潜水することが多い.
 この観察池で,ルリイトトンボが活動していたのは,主に岸近くに生えているヒツジグサの群落内でした (図5).岸は急激に深くなっていて,岸近くの浅い水底に根を下ろしたヒツジグサの葉が,その深みのあたりまで浮かんでいました.手前の湿地状の岸にはカンガレイの群落が広がっていました.

図5.ルリイトトンボが活動している岸辺の風景.
 観察を始めたのは10時少し前でした.すでにたくさんのタンデムのカップルが葉上に止まっていました (図1,16,17).これらのカップルはすでに交尾を済ませていたようで,ほんの数個体がカンガレイの群落内で交尾をしている状態でした.
図6.カンガレイの群落内で交尾しているルリイトトンボのペア.
 このように,繁殖時間帯になっていたようなので,たくさんいるタンデムペアを見ながら産卵が始まるのを待っていました.しかしいつまで経ってもタンデムのペアは産卵を始めないのです.相も変わらずタンデムのまま,あちらの葉からこちらの葉へと移動したり,単独オスは水面で停止飛翔したり、単独メスがオスに捕まって交尾したりと,産卵前の状態が続くばかりでした.

 タンデムペアは,ときどきヒツジグサの葉の付け根の葉柄や葉裏などに,普通の水面上での産卵姿勢をとることがあります (図7).しかしメスはすぐにこの行動を止めてしまい,ペアはすぐにまたあちこち移動して葉上に止まります.このメスの行動は,実際の産卵を行っているのではなく,産卵基質をさぐっているように思われます.潜水産卵をよく行うムスジイトトンボでも,同様な行動が観察できます (欄外図8).

図7.ヒツジグサの葉裏に産卵のような行動を行うペア.多くのペアがこんなことばかり繰り返していた.
 こういった行動を繰り返しているとき,10時18分,1頭のメスが,単独で潜水産卵をしているのを見つけました.ヒツジグサの葉柄に,頭を下にして産卵しているのです (図9).このメスは前進しながら底の方に向かって産卵を続けています (図10).

図9.10:20'03".頭を下にして,水底に向かって前進しながら産卵する,単独メスの潜水産卵.
 でも,タンデムで飛び回っているペアが,いかにしてこのような頭を下にした単独産卵に移行するのでしょうか.次にその行動を見てみましょう.



ルリイトトンボの少し変わった潜水産卵
連結した状態から頭を下にした産卵姿勢へ
 連結ペアから単独産卵へ移行する行動は,他に類を見ないものでした.ふつうならメスが後ずさりしながらオスを水中へ引き込む (図3) のですが,ここのルリイトトンボの場合,前進しながら頭から潜水し,オスを水中へ引き込むような動きをするのです (図11,図12・アニメーション).

図11.タンデムペアが潜水を開始するアニメーション(1).写真の上にマウスカーソルを置くと再生する.13:01'59"−13:02'18",この間約19秒間.メスが頭から潜るため,オスは何もできず,垂直に立つような姿勢になり,やがてメスを放す.この動きから,メスが主導権を持って潜水していることが分かる.
図12.タンデムペアが潜水を開始するアニメーション(2).写真の上にマウスカーソルを置くと再生する.12:20'49"−12:20'56",この間約7秒間.潜水を見守る単独オスが2頭もいる.他のペアの潜水を見守る単独オスは結構見られる.メスを放したオスは黄色の矢印で,3頭一緒にメスを見守っている.
 連結した状態で,かつ産卵せずにメスが頭から潜ると,オスは腹部の方から水の中に沈んでいくことになって,結果タンデムはV字型になり,メスの腹部先端とオスの頭部・胸部が水面に出た状態となります.このV字型の姿勢はあちこちで多くのペアでふつうに見られました (図13).

図13.V字型の潜水姿勢を示すルリイトトンボのペアたち.この動きはここの個体群の大多数を占めている.
 さて,観察した限りでは,V字型になったオスは,途中でメスを放し、その上空でしばらく停止飛翔してから,ヒツジグサの葉に止まりました.メスはそのまま葉柄を伝って一気に深く潜り,あるところで産卵を開始します.オスは,葉上のメスが見える位置に静止して,頭をメスの方に向けて定位します (図12).時には産卵するメスの上でホバリング飛翔して見まもるオスも見られます (図14).

 これらは一種の産卵警護といえるかも知れません.ただし,図12で分かるように,交尾したオスでないオスも一緒にメスを監視するので,図14についても,ホバリングオスはひょっとしたら交尾オスではないかもしれません.

図14.潜水産卵するメスを上空で警護するオス.
 ところで,産卵するメスには,その動きに2通りあることが観察から分かりました.図9,10では,池底の方に前進しながら産卵していますが,逆に,頭を下にして後ずさりしながら産卵するメスも見られるのです.この場合メスはだんだんと水面に近づきますので,水面上にいるオスや他の昆虫にねらわれる対象となるようです.ひどい目にあった1頭のメスを紹介しましょう (図15 (a)−(k)).











図15 (a)−(k).浮上する潜水産卵メスのとんだハプニング.(b) では,葉柄に白っぽい産卵痕が見え,このメスが後ずさりしながら移動して産卵していることが分かる.潜水産卵を常套手段としているせいか,メスの体にはミズダニがたくさん付着している.
 この一連の出来事から,あちこちに止まっている単独オス,つまりペアを見つけられなかったオスは,潜水産卵しているメスをねらって待ち構えていることが分かります.図12で,交尾オス以外の複数のオスが潜水産卵しているメスを見守るように止まっているのは,警護するオスと,メスをねらっているオスとが一緒に止まっている姿であることが分かります.ここのルリイトトンボはなわばりを持つことがなく,こうやって力尽くでメスをねらう行動が通常なのでしょう.



ルリイトトンボの少し変わった潜水産卵
簡単な考察
 このような少し変わった潜水産卵やオスの行動は,小進化によって,個体群に固定されている (つつある) と見ることが可能です.このような行動が小進化のたまものだとすれば,「自然選択には個体群に変異が存在すること」という自然選択の前提条件を考えれば,各地の個体群にもこういったV字型潜水が存在する可能性があります.

 いろいろと調べてみると,広瀬ら (2007) が北海道で撮影した写真にV字型的 (メスが水面下で産卵しながら前進し,連結オスが胸から上を水面に出して直立している) なものがありました.

 またメスが頭を下にして潜水産卵することについては,長野県での観察で,「水深約70cmのキタヨシに飛来せる連結体は,上向連結姿勢のまま下降し雌が水面に接近したとき連結を解き,雌は体を反転し下向姿勢となり,ヨシの桿を伝って,水中に侵入した」という記述があります (藤澤,1979).

 さらに尾園ら (2022) には,福井県で撮影された頭を下に向けた潜水産卵の写真が掲載されていて,水面上の連結産卵写真のキャプションには「北海道では連結個体が多く,潜水産卵はあまり見られない」との記述が添えられています.

 杉村ら (1999) には,長野県のとある個体群で,「メスが頭から水中にはいって産卵し,連結していたオスは,メスが水中に没する直前に連結をとき,メスが産卵している植物の水面から突き出た部分にとまっている」という記述があります.

 以上のように,それぞれ若干の違いが見られますが,頭を下にしたり,頭からメスが前進しながら潜水する個体が,他の個体群にもいることは確かです.

 ここの個体群では,図7や図17のように水面上での「産卵姿勢」が見られますが,上述のように,ムスジイトトンボと同様,産卵基質の検査をしている行動だと私は見ています.潜水産卵をする場合,簡単に別の産卵基質に飛び移ることはできませんから,メスは慎重に産卵基質を調べているのだと思います.

 この点に関して,この日の観察で一つの推定根拠を示すことができます.次の2枚の写真は,それぞれ10時17分および10時39分に撮影されたものです.観察は10時ごろから始めていますが,観察の前半では,これらの写真のように,タンデムのペアが葉上を飛び回り,ときどき水面上で産卵のような行動をとっています (図17右下のペア).

 しかし10時30分ごろから,V字型潜水をするペアが増えます.もちろんそれほどはっきりとした区切りがあるわけではありませんが,観察の後半,観察を終える13時ごろまで,V字型潜水を多く見るようになります.つまり水面上での産卵のような行動は,潜水前に産卵基質を調べていると考えても矛盾はありません.
図16.10:17.観察の前半,このようにルリイトトンボのペアが葉上で過ごしている.
図17.10:39.右下のペアのように,ときどき水上で産卵のような行動を見せる.
 さてここの個体群でも,典型的なV字型姿勢からメスの頭を下に向けた産卵に進むのではない産卵姿勢が存在することを紹介しておきます.一例ですが,タンデムで潜水産卵しているペアが見られました (図18).ただこれは見つけるのに苦労するぐらいでした.

図18.タンデム状態での潜水産卵.ただこのペアは左に向かって前進移動しており,このすぐ後にオスはメスを放して水面上に出た.
 つまり,ここの個体群にも,ふつうにタンデムで潜水する姿勢をとる個体があって,「個体群内に変異が存在する」という自然選択の前提条件を満たしています.そして観察時点でV字型潜水をする個体が大部分を占めている状態に小進化していることが示唆されます.

 ただここの個体群に,こういった潜水行動が広がった理由については,まったく予想がつきません.何らかの有利な点があったからだと考えられますが,上記のように,メスは散々な目にあっていますし,ミズダニにもかなり激しく寄生されていて,むしろ不利な状況しか見えてきませんので,不思議です.

 さて最後に,海外のルリイトトンボの観察について紹介しておきましょう.Bick & Bick (1963) は,アメリカのオクラホマで観察したルリイトトンボ属の一種 Enallagma civile*1 で,ペアが形成されてから離れるまでの記録をとりました.彼らは繁殖活動のステージを,(1) 交尾,(2) 探索と水面上産卵,(3) 潜水産卵の3つに分けて,それぞれの繁殖活動の行動内容および経過時間を詳細に記録しました.継続的に前ステージを観察できたのが7組,部分的に観察したのが51組で,合計58組のペアの観察を行っています.

 このうち,(2) の探索と水面上産卵について,15組の完全データおよび32組の部分的観察データを基にして,以下のように記述しています.「継続時間は平均34.2分 (範囲5〜158分)で,ペアは短時間静止し,メスは腹部を曲げて植物の適否を確かめているように見えた.多くの場所が探索されながらも利用されなかったことから,産卵場所に対する条件はかなり厳格なものであったと考えられる.この段階で本格的な産卵が行われたとは考えにくい」.しかし同時に,探索の後,オス・メスの姿勢を力学的に考察して,水面上で実際の産卵が行われていたことを述べています.

 また,(3) の潜水産卵に関しては,「継続時間は,平均12.4分 (範囲2-40分) で.水面上産卵を行っていたペアのうち 92%,27組は水平に伸びた根に産卵した後,同じ場所から水中に潜った」と書かれています.またその行動については,「メスは通常,水中のヤナギの根を後退しながら下ることで潜水を始め,オスは抵抗しているように見えたものの,腹部と翅が水に浸かるまで下方へ引きずり込まれ,自身の頭部が濡れる前に必ずメスを放した」,またメスは,水深5cm未満 (水の濁りでそれより深いところが見えなかったらしい) では「メスは頻繁に横向きや逆さまの姿勢をとる」とも記述されています.ただこれがタンデム状態か,オスが離れた後なのかは記述がありませんが,メスが主語になっていることから,オスがメスを放してからのことだと解釈できます.

 以上 Bick & Bick (1963) の記述をまとめると,タンデムペアがそれなりの時間産卵基質を探索をしているということ,メスが潜水を始める部分の記述は上述の藤澤 (1979) の観察に近いこと,頭を下に向けて潜水することなどが,今回の観察を含む日本の個体群の行動との共通点としてあげられます.

 ルリイトトンボの繁殖行動には以上のように興味深い点が多々ありますが,やはり潜水開始時にV字型になる点は,ここの (あるいは日本の他の) 個体群に見られるかなり特異な状況だと思われます.日本の他の個体群の状況をもっと知ることができればと思っています.



参考文献
Bick,G. H. & J. C. Bick, 1963. Behavior and population structure of the damselfly, Enallagma civile (Hagen) (Odonata: Coenagrionidae). The Southwasterun Naturalist 8(2): 57-84.
藤澤正平,1979.志賀高原のトンボ(増補版).志賀高原研究会,長野.
広瀬良宏・伊藤智・横山透,2007.北海道のトンボ図鑑.株式会社いかだ社.東京.
尾園暁・川島逸郎・二橋亮,2022.ネーチャーガイド 日本のトンボ 改訂版.Ver.2.0,文一総合出版.東京 (電子書籍).
信州昆虫学会編,1977.長野県のトンボ.信濃教育会出版部,長野.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.札幌.