デジタルトンボ図鑑
トンボ目 Order Odonata Fabricius, 1793
 最近は分子系統解析がさかんに行われており,昆虫の起源やその中のトンボ目の起源に関しても検討が進んでいる (Bernhard et. al., 2014).それによると,六脚類が甲殻類から分岐したのが,古生代オルドビス紀前期の4億7900万年前あたりで,六脚類の中に昆虫類 (外顎類) が現れたのが,シルル紀前期の4億4100万年前あたりとされている (以上中央値で信頼区間は幅がある.以下同様).

 さらに昆虫類の中に翅を持つ有翅類が出現したのがデボン紀の前半の4億600万年前あたり,その中で旧翅類のトンボ目とカゲロウ目が分岐したのがデボン紀末の3億6200万年前あたりである.その後メガネウラが出現した石炭紀を経て,現生のトンボ目の出現が三畳紀はじめの約2億3500万年前あたり (グラフから読み取った値) となっている.なおこの研究では,現生トンボ目の分析材料として,均翅類でアオハダトンボ属の Calopteryx sprendens,ムカシトンボ類でムカシトンボ,不均翅類でオニヤンマ属の Cordulegaster voltoni の3種を使って解析している.

図1.トンボ目に至る系統図.
図1.トンボ目に至る系統図.Bernhard et. al. (2014) に基づき朝野 (2026) も参照して描画.
 赤字のトンボ目は現生のトンボ目 (真正トンボ目) のことである.分岐の深さは年数を表していない.また分岐年は中央値であって信頼区間には幅があることに注意すること.詳しくは Bernhard et. al. (2014) を参照.
新翅類と旧翅類
図2.新翅類のキリギリス(左)と旧翅類のマダラナニワトンボ(右).
 翅を持つ昆虫は大きく分けて旧翅類と新翅類に分けられる.旧翅類とは,腹部を屋根状におおうように翅を後方にたたむことのできないグループで,新翅類とはそれができるグループである(図2).現生の昆虫類で旧翅類に属するのは,カゲロウ目とトンボ目だけである.

 これら新翅類・旧翅類のもっとも古い化石は,ヨーロッパや北アメリカの石炭紀上部の地層から発見されており,旧翅類には,ムカシアミバネムシ目(古網翅目),ムカシカゲロウ目,原トンボ目 Protodonata,原カゲロウ目が,新翅類には原ゴキブリ目,原直翅目,そして現在も生き延びているゴキブリ目などが含まれている.この時代にはまだ今の形態のトンボは出現していないから,ゴキブリがいかに古い昆虫であるかが分かる.

 古代のトンボといえば,翅を広げた長さが70cmにも達するというメガネウラ Meganeura monyi という石炭紀のトンボが有名であり,ご存じの方も多いであろう.多くの研究者はこれを原トンボ目に分類しているが,Fraser (1957) は真正トンボ目(現生のトンボ類が属する目)の一つの亜目として分類している.メガネウラの議論はさておき,真正トンボ目は二畳紀下部の地層から化石が発見されていて,均翅亜目 Zygoptera の祖先とされる原均翅亜目 Protozygoptera に属するものであった.

図3.メガネウラと生きた化石ムカシトンボ.
図3.メガネウラと生きた化石ムカシトンボ.
 化石の研究によると,不均翅亜目は中生代ジュラ紀,あるいはそれ以前に出現したとされるが,均翅亜目はもっと古く古生代二畳紀に出現したともいわれている.Fraser (1957) は,これら化石資料やそれまでの議論を整理し,また翅脈を中心とした分類基準の彼独自の再検討を行って,図4のような系統樹を提案した.

図4.Fraser (1957) の提案したトンボ目の系統樹.
図4.Fraser (1957) の提案したトンボ目の系統樹.
現在と異なる学名が使われていたり,属の所属が異なっていたり,ウミアカトンボ科
が創設されていたりと,本サイトの体系とかなり異なる点があるので注意すること.
系統樹の一つの考え方として参考にして欲しい.(   )は筆者の註.出典のまま.
 化石のトンボは主に翅が残っているので,翅脈の脈相を中心に分類体系を構築するのは,いわば必然であった.日本の昆虫発生学者,安藤裕(Ando, 1962)は,トンボの胚発生を研究し,発生学的観点から日本のトンボの系統樹を発表している.「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの有名な言葉があるが,これはまさにそういった観点で提案された系統樹である(図5).

図5.Ando (1962) の提案したトンボ目の系統樹.
図5.Ando (1962) の提案したトンボ目の系統樹.
学名表記はそのままとした.Fraser (1957) の系統樹と比べても,カワトンボ科と
イトトンボ科が同じ系統になっている他は,近縁関係がよく合っている点に驚かされる.
 二橋 (2011) は,海外の論文を参考に,トンボの科の分子系統樹を作成している.これを日本産のトンボだけを使って書き換えたのが以下の系統樹である.
図6.DNA を使った日本産トンボの科の分子系統樹.
図6.DNA を使った日本産トンボの科の分子系統樹(二橋,2011に基づく).
アオイトトンボ科とムカシトンボ科の分岐の深さが,ほぼ同じであることが分かる.
このことから,ムカシトンボ科が不均翅亜目の中に含まれることになった.
 現生のトンボ目 Order Odonata は,かなり長い間,均翅亜目 Suborder Zygoptera,ムカシトンボ亜目 Suborder Anisozygoptera,不均翅亜目 Suborder Anisoptera の3亜目からなるとされてきたが,最近の系統分類では,ムカシトンボ亜目を認めず,ムカシトンボ科を不均翅亜目に入れる分類体系が目立つようになってきた.二橋 (2011) は,DNAを使った系統分類の総説において,「ムカシトンボ科を不均翅亜目に含める理由の一つとして,Bybee et al.(2008) や Dumont et al. (2010) は,アオイトトンボのなかま(アオイトトンボ科を含むいくつかの科)が均翅亜目の中で非常に古く分岐したことを挙げ (図7),ムカシトンボ科を独立の亜目にする場合には,これらの仲間も亜目として扱った方が妥当である」という論を紹介している.

 しかしその後,再びムカシトンボ亜目を認めるという方向に進み,尾園ら (2021) においては,ムカシトンボ亜目を認めるという記述に変更された.そのあたりの詳しい経緯については情報が収集され次第報告することとして,本サイトではムカシトンボ亜目を認める方向に再改訂することとした.



 さて,トンボ目の進化についてはこれぐらいにして,日本産現生トンボ目の2亜目それぞれの違いについて記載しておきたい(図6参照).

  1. 前後翅に四角室がある.腹部は細く,全体にわたって一様な太さである.♂の尾部下付属器は2個で1対になっている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・均翅亜目
  2. 前後翅に四角室がある.腹部は太い.♂の尾部下付属器は1個である・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムカシトンボ亜目
  3. 前後翅に三角室がある.腹部は太い.♂の尾部下付属器は1個である・・・不均翅亜目
 観察上注意したいのは,ムカシトンボ亜目のムカシトンボや不均翅亜目のサナエトンボ科の種の下付属器は先端が二叉に分かれているので,一見すると1対2個あるように見えることである.

図7.トンボ目の2亜目の特徴.
図7.トンボ目の3亜目の特徴.
均翅亜目とムカシトンボ亜目は四角室を持ち,不均翅亜目は三角室を持つ
前翅の結節の位置が均翅亜目では翅の中央より内側にある(a<b).
不均翅亜目とムカシトンボ亜目では結節の位置が翅の中央より外側にある(a>b).

■■よく間違えられる脈翅目のツノトンボ■■

図8.メールでよくいただく問題のトンボらしい昆虫.20120810.
図8.メールでよくいただく問題のトンボらしい昆虫.
 最後に一つ,電子メールでよくいただく質問に,トンボのようにみえる不思議な昆虫を捕まえたというのがあるので,それについてここでふれておきたい.その特徴は次のようなものである.
1. 触角の形態:
触角はチョウのように長い.
2. 翅の色・形と止まり方:
翅はトンボと同じように透き通っていて,止まるときに背中の(正しくは腹の)上に折りたたむようにする.
 これは,ツノトンボという名前の一群で,脈翅目という分類に属するものである.脈翅目というのは,アリジゴクでおなじみのウスバカゲロウのなかまである.もしウスバカゲロウを知っておれば,翅を比べるとよく似ていることにすぐに気づくであろう.

図9.ウスバカゲロウ.20120819.
図9.ウスバカゲロウ.
ウスバカゲロウには結節がない.また翅を屋根型にたたんで止まる.
 ツノトンボがトンボのなかまでないことはいくつかの点で明らかにできる.
1. ツノトンボの翅には結節がない.
 現生のトンボが他の昆虫とはっきり区別される形態的特徴は,翅に結節があることである.ツノトンボ以外にもウスバカゲロウ,ヘビトンボなど,トンボに似た昆虫はいるが,これらの翅には結節がない.

2. ツノトンボは翅を屋根型にたたんで止まることができる.
 翅を屋根型にたたむというのは,少し正確に言うと,翅の基部の構造が翅を後方へ曲げて腹部の上で重ねることができるようになっているということで,新翅類と呼ばれる昆虫の特徴である.チョウ,セミ,ハチ,バッタ......等,ほとんどの昆虫がこれに入る.対してトンボは上で述べたように旧翅類である.

3. ツノトンボにはさなぎの時期がある.
 トンボは,卵,幼虫,成虫と3段階で成虫となる,不完全変態をする昆虫である.それに対してツノトンボは,卵,幼虫,さなぎ,成虫4段階で成虫になる,完全変態をする昆虫である.
 以上,トンボの名前を調べる前に,トンボであるかないかをよく見分けるようにしたい.

図10.ツノトンボとトンボ目.
図10.ツノトンボとトンボ目

Ando, H., 1962. The Comparative Embryology of Odonata with Special Reference to a Relic Dragonfly Epiophlebia superstes Selys. The Japanese Society for the Promotion of Science. Tokyo.
朝野維起,2026.昆虫はなぜ海にいないのか.ちくま新書.東京.
Bernhard Misof, Shanlin Liu, Karen Meusemann, Ralph S. Peters, ..., and Xin Zhou [+96 authors], 2014. Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution. Science 346(6210):763-767.
Fraser, F. C., 1957. A Reclassification of the Order Odonata. Royal Zoological Society of New South Wales.
二橋亮,2011.DNA解析から見た日本のトンボの再検討(1).Tombo, 53:67-74.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.



















































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トンボ目 Order Odonata

均翅亜目
Suborder Zygoptera

ムカシトンボ亜目
Suborder Anisozygoptera

不均翅亜目
Suborder Anisoptera