トンボ歳時記総集編 9月中旬−10月

草原で産卵するアカトンボ
写真1.浅い皿池の周囲に広がる禾本科植物の草原.

 ずっと以前,15年ぐらい前だったでしょうか,栃木県の平地の水田地帯で,電線に鈴なりになって止まるノシメトンボを見たことがあります.こういう光景は兵庫県ではほとんど見たことがないので,「ところ変われば品変わる」だと思ったものでした.同様に電線に鈴なりに止まる光景を,滋賀県の琵琶湖畔でも見たことがあります.そういう意味で,ノシメトンボは,兵庫県では比較的数が少ない,あるいはまとまってみられないアカトンボといえます.
 ノシメトンボの羽化は6月頃に始まっているようです.私は野外で羽化や未熟な個体を見たことがありません.採集してきた幼虫を自宅羽化させた記録では,6月には羽化しているように思えます.羽化した未熟な成虫は,多分羽化地から移動していると思いますが,これもどこで過ごしているか,兵庫県ではあまり情報がありません.消長図を見てお分かりのように,6−8月の発見数が非常に少ないことが見て取れます.ノシメトンボの未熟な個体に出会う機会はかなり少ないのです.私の記録では,9月5日に標高880mの場所で見たのが,最も早い記録です.私はかなりの回数野外に出ていますが,私の行動範囲(時期によって移り変わるものの)には未熟なノシメトンボがいないということになるのでしょうか.

写真2.9月5日.私のノシメトンボの最も早い目撃記録.もう成熟しているように見える.標高880m.

 9月の中頃になると,平地で,ぽつんと止まっているノシメトンボを見かけるようになります.このときでも集団でいることはあまりありません.山裾の日陰に止まっていることが多いようです.

写真3.左から,9月9日,9月7日,9月19日,9月13日.いずれも単独でぽつんと止まっている状態である.

 9月の中下旬になると,繁殖活動が見られ始めます.草地でオスがメスを捕らえ,交尾をします.その後,連結打空産卵に移行します.水のない草地の中で産卵を続けますが,そこには翌年の梅雨時期に水がやって来るのでしょう.他の打空産卵を行うアカトンボと同じように,秋には陸上に卵を落とします.ノシメトンボは,数が多いときには,グループ産卵の様相を呈することがよくあります.草の上を,あちこちでふわふわ上下動をするようすはとても幻想的です.一部ビデオにその様子が映っています.

写真4.9月27日.草原で単独で産卵に入ったメスを見つけ捕捉,交尾に至る(左).交尾が終わると産卵を始める(右).
写真5.9月27日.湿地に生えるイヌタデの間に入りこんで産卵を続けるノシメトンボのペア.
写真6.9月27日.ふわふわした感じで上下動を続け,時に植生の上に出たり(左),植生の中に沈んだり(右)して産卵を続ける.
写真7.9月27日.まわりにまったく水気がない,湿土に生える草地の中で産卵するノシメトンボ.
写真8.左:9月27日,右:10月10日.産卵を続けるノシメトンボのペア.
写真9.10月10日.ノシメトンボと同じような環境で産卵するナツアカネが一緒に産卵している.
写真10.10月10日.卵が落ちるのが見える(右).

 ノシメトンボの産卵では,ナニワトンボやリスアカネのように,後半オスがメスを放して単独産卵に移行することが多いです.単独産卵に移行すると,オスは少し離れたところから警護飛翔をしています.

写真11.9月27日.写真8のペアで,オスがメスを放し,単独産卵に移行した状態.
写真12.9月27日.ノシメトンボの単独打空産卵.産卵が終了すると,メスは上空へ舞い上がって去って行く.

 ノシメトンボは意外と早く姿が見られなくなります.11月に入ると,その姿を見る機会が減り,11月下旬には姿を消すようです.兵庫県では,極めて一部の生息地を除いて,数が少ないトンボのように思います.

写真13.左:11月15日,右:11月20日.他のアカトンボに混じって陽の当たる池岸で暖をとるオスたち.