幼虫がみつからない!? サラサヤンマの生態
アキアカネのオス
写真1.サラサヤンマの幼虫(捕獲下).
葉への顕著な抱きつき反応が見られる.野外でもおそらく落ち葉や石など,
何らかの物体にしがみつくようにして生活しているのであろう.
■はじめに

 サラサヤンマは春早くに羽化し,春から初夏の間に産卵活動が行われます.日本の中央部で成虫がみられるのは4月下旬から7月下旬の間です.本種の成虫をさがすのはそれほど難しいことではありませんが,幼虫は非常に発見が難しく,これは海外産の他のサラサヤンマ属においても同様で,その生態に関する知見はほとんどありませんでした.これまでに数多くのトンボ研究家が本種の生きた幼虫の捕獲を試みてきましたが,成功した人はきわめてわずかでした.この幼虫は,羽化殻が見つかる場所のすぐそばの水たまりをいくらさがしても見つからないのです.この幼虫はいったいどこにいるのか?,これはトンボ研究家の間での謎でありました.

 しかし,静岡県で本種の幼虫が大量に発見されました.私もそれに同行し,いくつかの幼虫をこの手で採集し,またその経験を生かして高知県の別の場所でも採集することができました.そのときのことをここで紹介したいと思います.

■これまでのサラサヤンマ幼虫の野外での採集記録
サラサヤンマの羽化
写真2.サラサヤンマの羽化(左)と終齢幼虫・羽化殻(右).
サラサヤンマの羽化殻は,時期と場所を選べば案外みつかるものである.しかしその付近を探しても幼虫を見いだすことが非常に困難である.
 サラサヤンマの羽化殻の発見のはじめての報告は,1957年武藤氏(武藤,1958)によってなされています.この時氏は幼虫を発見することはできませんでしたが,羽化殻の発見をもとに,幼虫の生息場所についてコメントしています.羽化殻は比較的開けた湿地の草におおわれたところに生えている植物にぶら下がっていたということを述べており,また産卵がこれら草むらの下の土の上やコケの上になされることから,幼虫の生息場所として水の溜まっていない湿地の,水を含んだ泥の中という予想を述べられています.

 1958年に,武藤氏はついに2頭の幼虫(終齢幼虫1頭,若齢幼虫1頭)を,成虫が産卵しているのを観察した場所と同じところで発見しました(Taketo,1959).幼虫がいたのは,小さな草むらの下にあった,深さ5〜20cmの浅い水たまりで,そこには枯れ葉が泥に混じってたまっているようなところであったと述べています.

 その後,1965年に4頭の終齢幼虫(3♂1♀)が京都で発見されました(尾花・井上・東,1965).これらの幼虫の発見場所について,「笹の高さ1.5m内外,その他雑木がまばらに生えていて,ところどころ小さな空き地には少量の水をため,水苔など若干生えているが,ほとんど笹の落ち葉で覆われている.泥の深さは肘近くに達し,まずその泥をすくってみたが何も発見できなかった.ところが落ち葉を静かに取り除けてみたところ,...幼虫の発見に成功した.羽化期が近づいたために水面近くの落ち葉の下にひそんでいたものと思われ...」とあります.湿地の小さな水たまりの落ち葉の間ということで,上記とよく似ています.

交尾とメスを待つオス
写真3.サラサヤンマオスのなわばり占有場所と,その傍らで静止しているオス.
写真右は,くぼ地で水がたまっており,落ち葉が堆積している.その上空をオスはホバリングを交えて飛翔する.しばらく飛翔すると,その傍らに静止することがある.写真右の赤矢印が静止したオス個体で,それを別の角度から撮影したのが左の写真である..
 その後しばらく本種の幼虫の発見の報告は見あたりませんが,1992年に新井氏が何頭かの本種幼虫を発見されています.

 そして,1993年,福井・加須屋氏を中心としたメンバーが静岡県で多数の幼虫の発見に成功したのです.今回の発見は合計56頭という前例を見ないものでした.これらの発見場所の環境は,やはり水のあるところで落ち葉の間にひそんでおり,上記の2つの例とよく似ています.

 1994年に私は高知県の中村市で1頭の終齢幼虫を,静岡県での経験を生かして採集することができました.やはり小さな水たまり(30cm×30cm程度)の中から手ですくい上げました(写真2右の終齢幼虫).

 以上,1994年までの報告例は私の知りうる限りこれだけしかなく,いかに本種の幼虫が見つけにくいものだったかご理解いただけるものと思います.もっとも最近は,生息環境に関する情報が公開され,各地で愛好家や研究家によって発見がなされているようです.

■卵のステージと孵化
産卵
写真4.サラサヤンマの産卵
産卵は水のないところに行われる.湿土中に直接行ったり(左)枯れ葉などに産卵(右)したりする.この場所は,雨が降れば水たまりができる程度の湿地で,年間を通じてあまり水はない場所である.いったい孵化した幼虫はどうやって生活しているのであろうか.
 多くのトンボ研究家によって,本種の♀が水のない土の上に産卵することは観察されてきましたが(写真4),その後この卵がどのような運命をたどるのかはまったく知られていません.♀成虫から採卵された卵を飼育する限りにおいては,卵の期間は29〜97日(新井,1992),また40日(関西トンボ談話会,1984)であると報告されています.「胚発生の遅いものは孵化の直前に発育が止まるように見えるが,この卵を乾燥した状態に約3時間おくと孵化が促進されるようだ」という報告があります(新井,1992).

 卵を水中に沈めて飼育した場合について,次のように報告されています.孵化の際,前幼虫は卵歯で切り裂いた卵殻のすき間からぜん動運動を行って出てきます(川島,1994).孵化が終わると,前幼虫は卵殻を離れて水面に浮かび上がり15〜30分そのままでいます.そして次の脱皮が引き続いておき,出てきた幼虫は水の底へと移動します(川島,1994).前幼虫がしばらく水面に浮かんでいるというのがとても興味深いと思います.

■幼虫のステージ

 あまりにも本種の幼虫が発見されないので,トンボ研究家の中には,本種幼虫が陸生ではないかと考えた人もあったようです.しかし,採集された大部分の幼虫は水の中やすぐそばにいましたし,さらに飼育環境下では,幼虫期間全体を通じて水から出ることはなかったといいます(新井,1992;福井他,1994;川島,1994).したがって,この幼虫は本来は陸生でないと考えるべきでしょう.図1は典型的な本種の生活場所です.

抱きつき反応と生息場所図解
左:写真5.抱きつき反応があるので,しがみつくものを取り除くと,幼虫は団子状態になる.
右:図1.静岡でみつかった幼虫の生活場所の図式.ちょうど水面の位置の落ち葉の裏にしがみついていた.
 幼虫は強い「抱きつき反応(ものに強くつかまろうとする性質/正の走触性)」を示します.飼育下でも葉にぴたっとしがみついています(写真1).葉を取り除いてやると,この反応によって互いにだきつき,幼虫達は塊状になります(写真5).

 静岡県で採集された幼虫は7齢期にわたり,その頭幅長の分布は図2に示したとおりです.

幼虫の頭幅長分布
図2.1993年12月30日に静岡県で採集された幼虫の頭幅長の度数分布グラフ.縦の点線はそれぞれのピークの平均値(m)を示している.

 飼育条件下での幼虫期間は様々な結果が出ます.もっとも短いのは1年で羽化に至ったというのがありますが,大部分は2年であるという報告がなされています(福井,1996).終齢で越冬している幼虫はおそらく次の春に羽化すると思われますが,亜終齢で越冬しているものについては必ず次の春に羽化するかどうかは分かりません.福井(1996)は,亜終齢で越冬した幼虫3頭から春に脱皮して終齢になった幼虫のうち,4月5日に脱皮をしたものはその春のうちに羽化に至ったが,残りの2頭,4月29日脱皮のものおよび5月28日脱皮のものは,その春には羽化にいたらず翌年に羽化したと報告しています.つまりこの2頭の幼虫は終齢で約1年間を過ごしたことになります.

 だんだん暖かくなって幼虫の成長には適した気候になるにもかかわらず,かえって羽化しないというのは,光周期,温度,あるいは餌の条件などが,成虫への脱皮をコントロールする要因になっている可能性を示唆させます.

 サラサヤンマの生息場所はしばしば乾燥にさらされますが,彼らの卵や幼虫期間の可塑性は,このような不安定な水条件に対する適応と考えられないでしょうか.

■エピローグ
交尾とオスのなわばり飛翔
左:写真6.交尾.木陰の下で交尾するカップル.20分ほど交尾は続く.
右:写真7.オスのなわばり飛翔.写真3右のような,猫の額ほどの水たまりの上を,行ったり来たり,またホバリングしながらなわばりを監視する.メスが来れば一気にダッシュして交尾に至る.
 トンボのような身近な昆虫でさえ,まだまだ分かっていないことがたくさんあります.上記の静岡県の生息場所は,人間の活動によって環境がすっかり変わってしまい,もはやこの種の研究は継続できない状況になっています.身近な自然が失われ,さまざまの生物が,その多くを知られないまま失われていくことは残念でなりません.これから先,豊かな自然を人との共存の中で残していくには,身の回りの生物たちの生活をより深く理解することは何より重要です.それができてこそ,我々は何をどのような形で残せばよいかが分かるからです.トンボのくせに水のない地面に卵を生むというこのサラサヤンマ,やっとその秘密が分かり始めた所なのに,本当に残念です.

■参考文献

新井裕・広瀬良宏・須田真一, 1992. サラサヤンマ幼虫の採集記録.月刊むし 257:35.
新井裕, 1992. サラサヤンマの卵期間と若齢幼虫について. Tombo 35(1/4):34-36.
Asahina, S., 1958. On the discovery and a description of the larval exuvia of Oligoaeschna pryeri Martin (Aeschnidae [sic]). Tombo 1(2/3):10-12.
福井順治・加須屋真, 1994. サラサヤンマ幼虫の生息環境に関する知見. Aeschna 28:21-23.
福井順治, 1996. サラサヤンマ幼虫の齢期分析と飼育記録.Aeschna 32:9-13.
川島逸郎,1994. サラサヤンマ幼虫期の形態及び習性.昆虫と自然 29(7):44-46.
関西トンボ談話会, 1984. 近畿のトンボ
尾花茂・井上清・東輝弥, 1965. サラサヤンマ幼虫の採集と羽化.Gracile 2:1-4.
武藤明, 1958. サラサヤンマの生態. Tombo 1:(2/3)12-17.
Taketo, A., 1959. Discovery of the living larva of Oligoaeschna pryeri Martin (Aeschnidae [sic]). Tombo 2(1/2):2.