温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
北上するタイワンウチワヤンマ
タイワンウチワヤンマのオス
写真1.1991年から神戸でみつかり始めたタイワンウチワヤンマ.1993.8.29.,兵庫県神戸市.
 最近新聞などで,南方のチョウが近畿地方や北陸地方で毎年のように見つかり温暖化によるものだなどという記事がよく載ります.イシガケチョウやナガサキアゲハなどかなりの種類にのぼるのではないでしょうか.トンボでもこれと同じように,南方種が北上しているのではないかとかなり以前から言われています.その中で現在目立って分布を北の方へ拡大しているのが,タイワンウチワヤンマ(写真1,写真2右)です.

市街地のアキアカネ
写真2.左:温暖化で北上しているといわれるナガサキアゲハ,2007.5.4., 兵庫県小野市.
右:池のほとりで静止するタイワンウチワヤンマのメス,2010.9.18., 兵庫県神戸市.
温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
タイワンウチワヤンマの分布拡大の様相
 本種が現在の日本領土内で初めて記録されたのは19世紀で,場所は『琉球(Loo-Choo)』となっています(Selys, 1888).詳細なロケーションは不明ですが,この時期にすでに南西諸島にいたことがわかります.そして,いわゆる本土(北海道・本州・四国・九州)で記録されたのは1934年の高知県安芸郡田野町(佐々木,1936)が最初で,1938年には鹿児島県祁答院町と宮崎県宮崎市(朝比奈,1957)でも記録されています.当時はトンボの調査をする人はほとんどいなかったと思われますから,この記録から四国の方に先にやってきたとはいえませんし,またそれ以前から本土にいたかどうかもわかりません.しかし本種の分布拡大を考える際の,貴重な出発点となる記録であることは間違いありません.

 その後の記録を追いかけていくと,1971年の三重県北牟婁郡紀伊長島町の記録を除けば,ほとんどすべての初発見記録が,時間的・地理的に順序よく並びます.簡単に後を追いかけてみると,1950年代は,九州では熊本県(舛田,1959)と長崎県(池崎,1961)に,四国では徳島県阿南市(平井,1980)に初記録が出ています.1960年代にはさらに分布が北に広がり,九州では佐賀県(佐賀北高校生物部昆虫班,1967)と福岡県(池田,1969),四国では徳島県鳴門市(平井,1968)で,そして本州の山口県(池田,1967)で初記録が出ています.これは全くの偶然だと思われますが,この山口県(徳山市)と徳島県鳴門市は(ともに1967年の初記録)緯度ではほとんど同じところに位置します.1970年代になると岡山県倉敷市(1979年)(佐藤,1993)の記録が出て,瀬戸内海地域へ本格的な進入が始まりました.またこの時期(1971年)には隔絶した記録として三重県紀伊長島町(冨田・市橋,1971)で本種が初記録されています.さらに,1979年和歌山県の本土側にも進入しました(村木,1980).1980年代には瀬戸内海沿岸地域全域(広島県,兵庫県,大阪府,香川県,愛媛県)で見つかるようになり,さらに紀伊半島の沿岸地域や愛知県でも記録が出ています.1990年代には静岡県で記録され(中岡,1996),御前崎から東の沿岸地方にはほとんどすべて分布するようになりました.以上をまとめたのが図1です.

タイワンウチワヤンマの北上の様相
図1.1930年代以降のタイワンウチワヤンマの北上の様相.10年単位で示した.
 これらの分布拡大の特徴は,高知県,鹿児島県,そして少し遅れての三重県,の三つの分布拡大の原点から,地理的に連続して分布が広がっているということでしょう.そこで大阪湾周辺の分布拡大の記録から直線距離にして一年あたりの分布拡大速度を求めてみたところ,陸続きの場合だいたい6〜9km,途中に海峡などが入ると3〜4kmであることがわかりました(Aoki,1997).複数の分布拡大ルートで計算してもあまり大きなばらつきはありません.上記の日本全国の分布拡大をみても,この数値にそれほど大きな修正を加える必要はないようです.

 ところで,本種は,羽化後,羽化地を離れてある程度移動するといわれています(石田ら,1988).残念ながらどれくらい移動するかは調べられていません.しかし成虫がその一生の間(とくに羽化後)に6〜9kmくらいの距離を移動することは十分に考えられます.本種の生活史については確実な調査はされていませんが,沖縄では羽化のピークが1年に2回あることが知られており(長嶺,1964),卵から一年あれば羽化することができると考えてよいでしょう.したがって,上記の分布拡大は,成虫の通常の生活史の範囲内で行われている移動によるものであると解釈することができます.

 一方で,分布拡大の原点ともいえる,鹿児島県,高知県,三重県の記録については,鹿児島県はそうではないかもしれませんが,おそらく海洋を長距離移動してきたものと思われます.本種が海洋を移動する能力を有する証拠としては,南北大東島での記録(苅部・小浜,1980;杉村ら,1999)をあげることができます.南北大東島は沖縄本島から400kmほども離れており,一度も陸続きになったことがない海洋島です.人為的移入の可能性は皆無ではありませんが,これについてはむしろその証拠がないわけですからここでは考えないようにします.

 以上をまとめると,南からの長距離移動で本土にやってきた祖先個体(群)がそこに定着し,そこを足がかりにして分布を拡大していったということがいえると思います.

タイワンウチワヤンマの北上の様相
図2.日本本土におけるタイワンウチワヤンマの分布拡大起点.
温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
分布拡大の原因の検討
 さて,ここで一つの疑問が生じます.タイワンウチワヤンマという種は,誕生してから気の遠くなるような時間が過ぎているはずです.ですから,過去に何度も日本に進入する機会はあったはずです.今ふつうに日本で見られるトンボ,いや「生物は」といってもいいかも知れませんが,こういったチャンスを利用したり,またや地続きであった時代に分布拡大をすでになし終えていて,現在身の回りにいるわけです.ですから私は,タイワンウチワヤンマがどうして今になって分布拡大をしているのかが非常に気になるわけです.これを単なる偶然ですませることも可能ですが,今身の回りで起きていることとの関連を考えるといったことは,決して論理の飛躍とはならないと考えます.

 生物の分布が,一般論として,温度要因によって制限されていることを否定する人はいないと思います.私はこのタイワンウチワヤンマの分布拡大を『温暖化』という枠組みで解釈したいと思っていますが,こういった個別の問題になると,それを直接証明することが困難なために,はっきりとそうであると言い切ることが難しくなってくるわけです.いわば状況証拠だけという状態になってしまいます.そこで,ここでは状況証拠を色々と検討することをするにとどめたいと思います.まずは温暖化とは異なる視点で分布拡大(北上)を解釈する議論を一つ検討してみましょう.

 渡辺(1989)は,琉球列島において近年分布拡大(北上)が著しい5種のトンボ(アオビタイトンボ,ヒメキトンボ,ベニトンボ,コシアキトンボ,オオキイロトンボ)を選び,それらの分布拡大について議論しています.これらのトンボの共通点としては,ベニトンボなどは流水にも生活していますから一概にいえませんが,いずれも止水性の種(池にすむ種)であるということがあげられます.かつての琉球列島の小さな島々には,目立った池沼は決して多くはなかったはずで,水環境としては流水環境,それも森林に囲まれたような環境が主体であったと思われます.それが近年のダム建設に代表される人為的な明るい止水域の創出によって,これらのトンボの生活領域が誕生し(新たなニッチの出現),定着をなしえたと渡辺氏は解釈しています.わたしは渡辺氏との私信の中で,この北上を温暖化の枠組みでとらえられないかを検討しましたが,ほとんど否定的でした.図3は石垣市,那覇市,名瀬市,鹿児島県枕崎の1972〜1992年までの冬期(12〜2月)の平均気温の変化に,上記の種が発見された時期を書き入れたものです.1977年沖縄本島で記録される(渡辺,1977)まで,日本国内では大東島でしか見ることのできなかったアオビタイトンボは,わずか9年後の1986年に鹿児島県加世田市(杉村・宮畑,1986)で見つかっていますが,枕崎と那覇の気温を比べて明らかなように,それを説明するだけの冬期の平均気温の上昇はありません.

南方の気温変化
図3.石垣市,那覇市,名瀬市,鹿児島県枕崎の1972〜1992年までの,12〜2月の平均気温の変化.
 図4は国内の各地の気象データから書いたもので,一般に冬期の平均気温の上昇は,緯度が高くなるほど大きくなる傾向があります.したがって,これら南方における各種の分布拡大は,温度上昇というよりは渡辺氏が指摘するように,開発行為の影響を受けたものと考える方が妥当だと考えられます.写真3は沖縄本島で造成されたダムで,こういった今までにない環境の出現が,新しい種を呼び込んでいるのでしょう.

平均気温の格差
左:図4.「平年」と「1991-1992年にかけての冬(暖冬だった)」の平均気温の格差(12月から2月にかけて)と緯度の関係.数値は南西諸島から九州にかけての各気象台測候によるもの.地点は,西表島(N24.23.0),石垣島(N24.09.8),宮古島(N24.47.4),南大東島(N25.49.7),那覇(N26.12.2),名護(N26.35.4),沖永良部(N27.25.7),(名瀬(N28.22.6),種子島(N30.44.1),枕崎(N31.16.1),鹿児島(N31.34.4),阿久根(N32.01.5).直線は回帰させたものではなく,傾向を示しているだけである.見て分かるように,緯度が高いほど暖冬の程度は高くなる.
右:写真3.沖縄本島に造成されたダム.今までになかった広大な開水面を持つ止水域が誕生した.

 しかしながら,私は,この議論はタイワンウチワヤンマには当てはまらない,と考えています.理由は次の通りです.タイワンウチワヤンマは止水性の種で,池沼で生活しています.タイワンウチワヤンマは昔から那覇市首里にある竜潭池で多く生息していることが知られていて,一般に開けた広い池沼で生活しているとされています.わたしは沖縄では,水田や,わずか3m×2mほどの防火用水桶でも幼虫を採集していますので,この種の生活可能な水域はかなり幅があるものと理解しています.

タイワンウチワヤンマのいる池
写真4.タイワンウチワヤンマの見られる池.水生植物の有無や樹林の有無,また水際に対する要求など,特別な環境を必要とするわけではなく,ふつうのため池に見いだされる.
 1980年代以降タイワンウチワヤンマが出現しはじめた瀬戸内海沿岸地域には,降水量の少なさから,非常のに多くの灌漑用ため池があります.たとえば兵庫県は公称44,293カ所で全国一位(兵庫県農林水産部1998年調べ),以下全国上位県は,広島県(20,988),香川県(16,158),山口県(12,482),岡山県(10,284)と続きます(これらは1989年農林水産省調べ,以上兵庫水辺ネットワーク「ため池の自然」より引用).これらは歴史上相当古くから作られているものも多く,これらの水域の出現は決して今に起きたことではありません.したがって大量の止水域の出現と分布拡大の時期は一致しません.余談になりますが,そのおかげで,兵庫県では止水性の絶滅危惧種がまだほとんど生き残っています(図5).

兵庫県のため池数は全国第一位
図5.兵庫県のため池数は全国第一位である.そのおかげで絶滅危惧種もまだたくさん生き残っている(註:絶滅危惧種のランクは改訂前).したがって,タイワンウチワヤンマの生息環境が新たに出現したために兵庫県に分布を広げたとは考えにくい.
 次に,タイワンウチワヤンマ自体が何らかの理由で,より気温の低い地域に適応できるように変化した可能性があります.つまりより低い温度で幼虫が成長したり,羽化したりできるようになった可能性です.このうち幼虫の成長についてはなかなか現象として私たちは知ることができませんが,羽化についてははっきりと分かります.そこで,石垣島,沖縄島,高知市,神戸市の4地点で,羽化が始まる時期の気温(前後10日間の平均値)を調べてみました(図6).

羽化開始時期の緯度による違い
図6.羽化開始時期の緯度による違いとその時の旬(10日間)平均気温.神戸市の1993年の羽化時期はちょうど旬の境目に位置したため,旬平均気温は2旬を平均したものである.没姿期のはっきりしていないもの(枠を点線で表示)は,データがないことを示す.上段の数字は月を示す.1)石垣島の羽化時期・没姿期は渡辺・小浜(1985)から得た.2)沖縄島の羽化時期は長嶺(1964)から得た.3)中村市の羽化時期・没姿期は杉村ら(1989)から得た.4)神戸市のデータは筆者の調査によるもの.
 図6から分かるように,本種の羽化は旬平均気温が22〜23℃になった頃に始まっていて,当然のことながら,北の方が時期的に遅くなっています.神戸市における羽化開始が,記録的な冷夏であった1993年より,異常猛暑であった1994年の方が約15日も早くなっています.このように気象条件が大きく違っても羽化する時期の平均気温は変化していません.もちろん何事にも例外的なことはあって,早い時期の羽化として,1994年4月30日鹿児島県川内市(松木ら,1994)というのがあります.しかし,緯度が大きく違うのにこれほど見事な一致を見るということは,偶然ではないような気がします.

 分布地の南北を問わず,次の年羽化予定の個体は,幼虫で越冬後,春に発育零点を超えた頃から発育を再開し,その後は有効積算温度の法則に従うような,非休眠性の生活史を送っていると考えられます.これは幼虫越冬性のトンボ一般に言えることです.したがって,だいたい同じ温度のころに羽化をすると考えることができます.一方没姿期は成虫の寿命によってまちまちになっています.

 ところで,本種の羽化を沖縄の竜潭池で詳しく調べた長嶺(1964)の羽化データを見ると,初夏だけではなく秋にも小さな羽化のピークがあります.その後松本(2001)は高知県で本種の羽化について詳しく調査しました.その2つを比較すると,おもしろいことに,沖縄のデータをちょうど1月後へずらした形になり,秋のピークは気温の低下とともに,途中で途切れるように終結しています(図7).

沖縄と高知県の羽化曲線の違い
図7.沖縄と高知県の羽化曲線の違い.羽化の開始は気温条件の違いによって高知県の方が遅れていると考えられる.しかしその後の羽化曲線の形はほとんど同じであり,秋の羽化も高知でわずかだが見られる.その後途切れるのは,気温の低下のせいであろう.ちょうど気温が低い分だけ季節的に後方へずれているように見える.このグラフで一つ注意しなければならないのは,秋の羽化個体が,同年内に産下された卵からの子孫であるかどうかはまだ解明されていない.したがってタイワンウチワヤンマが多化性であるかどうかは不明である.しかし,秋の羽化がなくなればその個体は明らかにもう一年幼虫で越冬することになるので,化性が長い方にシフトしているという点は間違いない.
 このように,羽化に関しては,温度に対するタイワンウチワヤンマの反応が,特に低い温度に適応した結果であるという証拠は見られません.つまり,生理的条件はそのままで北上していると考えることができます.ただ,図7の高知県の例で見られるように,秋の羽化が非常にわずかになっており,より北の地域では秋の羽化がなくなっている可能性があります.つまり,化性に変化が生じている可能性があります.

 多化性のトンボにおいては,幼虫越冬する世代の方が,幼虫の脱皮回数が増加し,また羽化した成虫のサイズが大きいことが,よく報告されています(Corbet, 1999参照).したがって,北方で秋に羽化する個体がなくなると,幼虫越冬する個体だけになり,平均的サイズは大きくなることが予想されます.そこで,台湾のタイワンウチワヤンマの標本と,神戸での標本のサイズ(頭幅と後翅長)を比較してみました(図8).

沖縄と高知県の羽化曲線の違い
図8.台湾と神戸の個体群のサイズの違い.参考として鹿児島,高知各県の採集個体もプロットしている(計算には含めていない).
●:台湾産の標本,○:神戸産の標本,□:鹿児島県産の標本,×:高知県宿毛市産の標本.
 図8から分かるように,神戸のタイワンウチワヤンマのサイズは,明らかに台湾のものより大きくなっています.これは化性が長い方へ変化したことと示唆する結果です.またこの結果を別の視点から見ると,生活史は厳格な季節的制御を受けておらず,分布拡大の制限要因にはなっていないようであること(簡単に言うと,北に来て夏が短くても化性を簡単に変えることで適応できること)を意味しているとも言えます.

 このように,幼虫の成長や羽化に関しては,特にタイワンウチワヤンマの低温に対する生理的な適応力が変化したというより,南方における生理的条件を有したまま北上してきていると考えることを可能にしています.

 その他にも種間競争など,別の分布を制限する要因も考えられ,これらの障壁がなくなって分布拡大が可能になったといった議論が可能です.しかし,神戸での観察によると,タイワンウチワヤンマは非常にトンボ相の豊かな池にも定着しており,種間競争の問題は見えにくいのです.いずれにしても,「今」になって分布が拡大し始めたことを,以上議論した要因で説明することは困難なように思えます.


温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
分布拡大における温度要因の検討
 それらに対して,温度の上昇は,時間的・空間的に,分布拡大と非常によく一致します.私の1992年の考察を紹介します.これは平均気温,特に冬期の平均気温の上昇と分布拡大を比較したものです.図10は,冬期の等温線の北上と,分布の北上を重ねたものです.これを見ると,1987年以降,大阪湾地域に暖冬が続き,それに呼応するようにタイワンウチワヤンマの分布域が北へシフトしています.神戸に初めて現れたのは1991年ですが,1987年に明石公園(二宗,1987)で見つかっていますから,本当はもう少し以前から進入していたかも知れません.驚くべきことですが,徳島県に出現した1960年代にもこれと同じような気温の上昇が見られます(図9).神戸市や徳島市では,ヒートアイランド現象も気温上昇の大きな原因だと思いますが,過去100年で年平均気温も約1度上昇しています(図11).

気温の上昇と分布域の拡大
左:図9.神戸市と徳島市の冬季平均気温の上昇.タイワンウチワヤンマの数が急激に増えたときに,その地域の冬期(12月〜2月)の気温平均値(前後10年ほどを平均したもの)が1.5度上昇している.上は神戸海洋気象台の記録で,冬期気温は1987年に急激な上昇が見られ,その前後で冬期気温平均値が1.5度上昇している.タイワンウチワヤンマは1987年に明石市に出現し,その後1990年代始めに神戸市西区に広がって数の急激な増加が観察された.一方下は徳島地方気象台の記録で,1949年に冬期気温の急激な上昇が見られ,その前後で冬期気温平均値が1.5度上昇している.タイワンウチワヤンマは1950年代に徳島市内にきわめて数が増加した(平井,1980).このように,2地域で冬期気温の上昇と,数の急激な増加が時期的に一致し,しかも偶然とはいえ,その気温は5.2度から6.7度へと同じである.(Aoki,1997を改変)
右:図10.左が1987年より前のアメダス準平年値による冬(12月〜1月)の平均気温の等温線とタイワンウチワヤンマの分布.右が1987年以後の冬の平均気温の等温線と同種の分布.平均気温を使ったのは,本種は幼虫で越冬しているため,水温に影響するのは瞬間的な最低気温よりは平均気温の方が大きく影響すると思われるためである.(青木,1992).
100年間の平均気温の上昇
図11.神戸市(神戸海洋気象台),徳島市(徳島地方気象台),高知市(高知地方気象台)の記録から見た年平均気温の上昇.1900年以来,各地域で約1度の気温の上昇が見られる.つまり現在の神戸市の平均気温は,100年前の高知市くらいあることになる.約70年前にはタイワンウチワヤンマは高知市近辺が北限であったが,現在は神戸市よりさらに北に来ている.ここでも,分布北限のシフトと,年平均気温のシフトが一致する.(Aoki,1997を改変)

 全国的に,分布の最前線に一致するように等温線をひいてみると,それは約5.7℃の線になります(図12).1993年〜1994年冬期の5.7℃の等温線を引いてみると,東は千葉県の房総半島まで伸びています(図12).新規分布確認地点はだいたいこの線に沿っており,現在,本種は,太平洋沿岸沿いに,東の方では神奈川県にまで広がっています.もし等温線に沿って分布を拡大しているならば,今後発見できる可能性のある地域としては,東京都,千葉県などではないでしょうか(図12).

全国の冬季5.2℃等温線
図12.全国の冬季5.2℃等温線と,2002年現在の分布状況.

 局所的にも面白いことがあります.兵庫県では明石で1987年に見つかったのが最初であることはすでに述べましたが,2000年の時点では,高砂市より西,岡山県境にまでは本種は姿を現していませんでした.岡山県には,兵庫県境のすぐ隣の,牛窓に1980年にはすでに姿を現しています.時間的には分布が完了していてもよい時期であったのになぜ現れなかったのか説明に苦しみましたが,図12右下の図を見てその理由が示唆されました.この地域は5.7℃の等温線が到達していないのです.なお2008年現在では,この地域に限らず,兵庫県では加東市社町にまで入り込んでいることが確認されています.

 タイワンウチワヤンマの現在の分布拡大が,温暖化によって引き起こされているとするならば,分布の最前線は温度によって決まっていると考えられます.そこで,温度に対する抵抗性の異なる他種が日本本土にどのようなコースを通って入り込んでいるかを次に調べてみました.タイワンウチワヤンマと同様,東洋区つまり渡瀬線より南に分布中心があり,渡瀬線を越えて日本本土に入り込んでいて,かつ温度に対する抵抗性の異なるイトトンボ科の4種(リュウキュウベニイトトンボ,コフキヒメイトトンボ,ムスジイトトンボ,アオモンイトトンボ)を取り上げてみました.これらは南方の種ですから分布最前線は温度によって決まっていると考えられ,かつ過去にすでに日本本土への分布拡大を「完了している種」といえます.タイワンウチワヤンマが温度に依存して北上しているなら,これらの種の現在の分布最前線をたどるようにして北上すると考えられます(図13).

リュウキュウベニイトトンボとコフキヒメイトトンボの分布最前線
タイワンウチワヤンマの分布最前線とソメイヨシノの開花前線
ムスジイトトンボとアオモンイトトンボの分布最前線
図13.温度に対する抵抗性が異なると考えられるイトトンボ科4種,リュウキュウベニイトトンボ,コフキヒメイトトンボ,ムスジイトトンボ,アオモンイトトンボの分布最前線と,タイワンウチワヤンマの現在の分布最前線.タイワンウチワヤンマの過去の分布最前線と,リュウキュウベニイトトンボ,コフキヒメイトトンボの分布最前線がよく一致している.また今後温暖化が進むと,おそらく,ムスジイトトンボやアオモンイトトンボのような分布になっていくかもしれない.タイワンウチワヤンマはこれらのちょうど中間の位置に分布最前線があることが分かる.なお,温度に依存する前線として有名なソメイヨシノの開花前線も資料として掲げた.これらのトンボの分布前線と重なることが見て取れる.

以上,温度と分布域の相関性はかなりよいと考えていますが,いかがなものでしょうか.ただ,図1の分布状況を見ると,本種が分布を広げているのは単に偶然で,温度と一致するように見えるのは「開けた平地を好む種」であるといった選好性の結果なのではないか,といった疑問が出てきそうです.それに対しては,九州では熊本県人吉市,四国では徳島県池田町,本州では奈良県五條市・橿原市・櫻井市など,そして兵庫県でも加西市や社町など,かなりの内陸部に分布している(いた)ことを指摘しておきたいと思います.


温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
温暖化の影響は幼虫の越冬可能性だけなのか?
 最後に,温暖化が何をもたらす結果,タイワンウチワヤンマの北上を可能にするのかを考えておきたいと思います.

 一番最初に思いつくことは,南方の種は寒さに弱いはずですから,冬に幼虫が死滅しない程度に冬季の温度が上昇したのだという説明です.これはもっともなことで,例えば毎年海を越えてやってくるウスバキトンボは,寒さで幼虫が冬を越せず死滅すると考えられています.おそらくそういったことは実際に起きているのだと思われます.

 しかしながら,私は,兵庫県下での本種の観察をしていて,もう一つ別の要因もあると考えています.それは新しいニッチの出現です.温暖化は冬の温度上昇をもたらすと同時に,春の到来を早めますし,秋の到来を遅らせます.従来から本土に生息しているトンボ種はこの状況にどう反応するのでしょうか.

 トンボの生活史の基本形には,春季種,夏季種,秋季種,および特段の生活史コントロールがなされていない種,があることが知られています(Corbet, 1999参照).現在の考えでは,春季種と夏季種は幼虫で冬を越し,春の訪れの前に,休眠性のある種については休眠の消去が行われて,温度依存の成長過程に入ります.したがって,春が早くなると,羽化時期や成虫の出現時期が早くなることが予想されます.一方秋季種は,卵で越冬し,初夏に羽化して夏の間生殖休眠をし,秋に繁殖活動を行います.秋の繁殖活動を引き起こす環境要因が温度であるのか日長であるのか,またそれ以外の要因によるのかは知られていませんが,もし温度であるならば,繁殖活動が遅れることになります.一方もし日長であるならば,まだ暑い時期に産卵が開始されることになり,卵の休眠性や高温に対する耐性などに影響を与えることが予想されます.例えば適切な越冬ステージを調整できずに死滅したり,また高温で卵の状態で死滅したりして,これらの個体が淘汰されていく可能性があります.これらの結果,秋口に新しいニッチが出現する可能性があります(図14).

新しいニッチの出現
左:図14.春季種と夏季種の出現が早くなり,秋季種の一部が淘汰されたり高温の関係で繁殖時期が遅くなると仮定すると,秋口に新しいニッチが生まれる.上:温暖化以前,下:温暖化の進行した状態.
右:写真5.秋にキトンボが飛ぶ池で同時に見られたタイワンウチワヤンマ.2001.10.7., 兵庫県加古川市.

 兵庫県下では,タイワンウチワヤンマは,夏の盛りのころからアキアカネやキトンボのアカトンボが活動し始める初秋までが,もっとも個体数が多いように感じられます.もしニッチが空くならば,資源をめぐって競合する種が少なくなり,定着に有利となると考えられます.

 このように,温暖化の影響というのは,南方種にだけ働くのではなく,その地域の在来種にも働くので,全体として群集がどのように変化していくのかといった視点で考えていかねばならないと思っています.


温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ
みなさんもタイワンウチワヤンマを探してください
ウチワヤンマとタイワンウチワヤンマ
写真6.左:ウチワヤンマの成虫.右:タイワンウチワヤンマの成虫
    腹部の先端にあるうちわ上の付属物内に黄色の紋があればウチワヤンマである.タイワンウチワヤンマにはそれがない.
 さて,タイワンウチワヤンマは上の写真のようなトンボです.7月から9月下旬にかけて,ため池の,水から突き出た棒の先端に水平に止まっている姿がよく見られます.大きさは,腹長が50mm程度の中型のトンボです.「ヤンマ」という名前がついていますが「ヤンマ」の仲間ではなく,「サナエトンボ」の仲間です.よく似たトンボに,ウチワヤンマというのがいます(写真6左).これはかなり北の方までいるトンボで,北上とは関係ありません.腹部の先端のウチワ状のひらひらが特徴で,これはタイワンウチワヤンマにもありますが,ウチワヤンマでは内部に黄色い部分があるのが特徴です.写真で見比べてみてください.

 また7月の初めには池で抜け殻が見つかることがあります.これがあると飛来したのではなく,そこで冬を越したことになりますから,証拠としてはより重要です.写真7にウチワヤンマとタイワンウチワヤンマの羽化殻の写真を掲げておきました.ぜひ皆さんもタイワンウチワヤンマを探してみてください.

タイワンウチワヤンマの羽化殻と終齢幼虫
写真7.羽化殻.左:ウチワヤンマ,右:タイワンウチワヤンマ.
参考文献
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