消えゆく兵庫のベニイトトンボ
アキアカネのオス
写真1.ベニイトトンボオス.神戸市(F池),1991.6.12. オスは全身が鮮やかな朱色をしている.
■はじめに−全国的なベニイトトンボの分布と現状

 ベニイトトンボは海外では中国南部に分布しているとされています.日本では,宮城県,関東,東海,近畿の各府県,高知県,山口県,および九州に分布していて,産地はいずれも局地的でもともとそれほど分布の広い種ではありません(杉村ら,1999).

 本種は2000年のレッドデータリストの改訂で,絶滅危惧U類にリストされました.全国的な状況はまだ正確には調査されていませんが,概況としては,最近報告がなく絶滅した可能性の高い県として,最東・最北の分布県である宮城県をはじめ,栃木県,東京都,神奈川県,滋賀県等が挙げられています(苅部・新井,2000).ただし東京都では皇居での生息が確認されています(友国・斎藤,2000).また滋賀県では最近の報告として1994年,1995年にそれぞれ大津市と八日市市で少数の記録がありますが,大津市の池はすでに埋め立てられており,八日市市のものはただ1頭の採集記録で,現時点では確実な生息地はないということです(蜻蛉研究会,1998).

■ベニイトトンボについて
ベニイトトンボのオスとメス
写真2.左:ベニイトトンボのオス.神戸市(F池),1990.6.29. 右:ベニイトトンボのメス.神戸市(B池).1990.6.29. メスは全体的にくすんだ色をしており,褐色で,胸部がやや黄褐色から黄緑色を帯びる.
 全身が朱色がかった赤で腹長30mm前後,普通のイトトンボよりやや大きく他に類似種はありませんから,簡単に見分けられます(写真2).水生植物が密に繁茂した,どちらかといえばごみごみした感じの池に生息しています(写真3).

 兵庫県での成虫の出現期間は6月中旬から10月初旬くらいまでですが,6月下旬から7月にかけてもっとも個体数が多くなります.6月下旬には,スイレンやヒツジグサ,時には水面に顔を出しているカナダモなどに♂♀が連結して産卵するすがたが見られ始めます.

 卵で過ごす期間は12日という飼育データがあり,産卵後短期間で孵化するものと考えられます.しかしそれがそのまま同じ年に羽化まで至るかどうか,つまり一年に二化しているかどうかはきちんとした調査がなされていないようです.同属のキイトトンボは二化するといわれており,幼虫もよく似ているため,野外調査のみでは本種については確定的なことは言えません.ただし,6月の羽化期の後両種とも幼虫が一時的にすがたを消しますので,長くても1年で生活史を完了することはまちがいないようです.幼虫はカナダモの茂みの中やヒツジグサの葉裏などにしがみついて生活しています.したがっていきなり深くなるような池でも,植生が豊かであれば平気なようです.

 本種は生活史から見る限りでは特別な池環境を要求するトンボではないように思います.しかし同属のキイトトンボは植生の豊かなため池であれば各地でよく見つかるのに対し,本種の分布がかなり限局されているのは,水域に対する環境要求以外に何らかの要因があるためだと私は考えています.

■兵庫県のベニイトトンボ,2001年の状況
絶滅した産地
写真3.兵庫県下の絶滅したベニイトトンボ生息地.左:神戸市垂水区にあるベニイトトンボの生息池(F池).1997年の状況.右:神戸市垂水区にあるベニイトトンボの生息池(G池).1990年の,ベニイトトンボが結構見られたころの状況.2001年には隣接する木々が切られ,北側(手前)は土が入れられ,植生も消え,かなり変わってしまった.いずれも1990年代前半には多数のベニイトトンボが生息していた.
 兵庫県での確実な記録は,神戸市西部(須磨区,垂水区,西区,北区)と明石市たけです.松本(1982)は,「かつては,例えば西代蓮池,さらには伊丹市周辺にいたと推定される」と記述していますが,その根拠となる記録は示していません.また私信で,灘区の方にいると聞いたりしましたが,残念ながら私は確認に行けませんでした.記録された池の数としては合計15箇所です.これらのうちいくつかの池を2001年7月8日に再調査しました.それぞれの産地についてその結果をお話しておきましょう.

 須磨区のA池は池そのものは守られていました.しかし再調査で訪れたときには沈水性植物が姿を消していましたし,周辺の樹林が切られ,草地も刈られ,明るい池になっていました.本種の姿を見つけることはできませんでした.

 垂水区は生息地が名谷町とその周辺に集中していました.まずB池が本四道路の関連整備でなくなってしまいました.C池はビオトープ(写真4左)で,整備状況から見て生息地としては不安定です.ただこういったところに現れたということはその周辺に産地があったことの証ですが,現に本四道路建設のアセスメント調査の際D池で見つかりました.D池のあった丘陵地は現在本四道路の名谷ジャンクションになっています.この再調査でD池周辺の池をまわってみましたが本種の姿を見つけることはできませんでした.E池(写真5右)は公園内にある池で,この調査の時点では生息が確認されていました(写真4右).F池は住宅街に取り残されたため池で,現在はおそらく利用されておらず,今後どうなるかわかりません(写真3左).ここでは,この再調査で1頭オスを見ました.G池も同じように住宅街の中の池で,調査で訪れたときは,池の北側に土砂が投入されていて,植生も全く消えて周辺がかなり明るくなっており,過去の面影(写真3右)がなくなっていました.本種の姿は見つかりませんでした.以上の地域はすべて神戸市の市街化区域内にあります.

垂水区のビオトープ池
写真4.左:ベニイトトンボが出現し繁殖した神戸市垂水区のビオトープ(C池).右:しばらく確認が続いていたE池のベニイトトンボ.
 次に西区の産地です.ここは明石川流域に集中していました.現在,H池は埋め立てられ,I池は大改修されてまったく面影がなくなっています.I池は1990年代前半にはあふれんばかりの個体数がいたところですが,兵庫県南部地震で池が崩壊し,ベッコウトンボとともに姿を消しました.J池は休耕田の上流側に位置するため池で,最近個体は確認できていませんが,周辺の開発地域からははずれており,残っている可能性はあります.1973年に記録のあるK池(関西トンボ談話会,1974-1977)は,1990年頃何度か訪れましたが見つけられず,また西神南団地の関連工事でその後改修されており,ベニイトトンボがいる可能性はなくなったと言ってよいでしょう.L池は私信によるもの,そしてM池は1972年の記録(関西トンボ談話会,1974-1977)にあるもので,いずれも私は現状を確認していません.以上はすべて神戸市の市街化調整区域内の池です.

絶滅した産地
写真5.兵庫県下の絶滅したベニイトトンボ生息地.左:神戸市西区のI池.ここは数多くのトンボがいた池でベッコウトンボもいた.兵庫県南部地震で崩壊し,現在はまったく面影はない.右:神戸市垂水区のE池.一番最近まで生き残っていた池
 北区のN池は,ただ1頭の目撃報告を私信で受けたもので,その後同じ場所で見ていないと聞いており,現在いるかどうかわかりません.

 明石市の産地O池は,公園内にあって池は残っています.1968年という古い記録(関西トンボ談話会,1974-1977)もあり,1990年代前半もいたという話を聞いていますが,最近は目撃情報を手にしていません.

 以上をまとめると,次の表のようになります.

表1.兵庫県下のベニイトトンボの記録と現状 2001年時点
行政区 池の記号 現状 本種の記録状況 本種の現状
須磨区 A池 公園内・植生変化 1990年成虫多数,産卵目撃 発見できず*
垂水区 B池 消滅 1990年成虫多数 絶滅
C池 学校ビオトープ 1993年成虫・幼虫を確認 不明**
D池 消滅 1990年頃アセス調査 絶滅
E池 公園内・富栄養化 1997年成虫多数 繁殖
F池 植生遷移・富栄養化 1990年成虫・幼虫多数 少数繁殖
G池 周辺・植生変化 1990年成虫多数 発見できず*
西区 H池 消滅 1998年確認情報++ 絶滅
I池 大改修 1992年成虫・幼虫極多数 絶滅?
J池 植生遷移・湿地化 1991年成虫・幼虫少数 不明**
K池 改修 1973年文献記録+ 不明**
L池 不明 1998年確認情報++ 未調査***
M池 不明 1972年文献記録+ 未調査***
北区 N池 不明 1991年1頭目撃情報++ 未調査***
明石市 O池 公園内 1968年文献情報+
1990年代目撃情報++
不明**
合計 15箇所     確実2箇所
* 2001年に再調査したが成虫を発見できなかったもの.
** 最近の生息状況がつかめていないもので,生息可能性の低いもの.
*** 過去を通じて筆者が未調査のもの.
+ 関西トンボ談話会(1974-1977)による.
++ 私信による情報.
■兵庫県のベニイトトンボ,2008年の現状と今後

 表1を見てお分かりのように,1990年代の前半に多数本種が生息していた池では,2001年時点でほとんどその姿を確認することができなくなってしまいました.そして最後まで残っていたE池でも,その後ベニイトトンボが確認できなくなり,F池も絶望的な状況です.両方の池は今でも見かけは以前のままの状態です(写真6).徐々に進んだ水質悪化や外来生物の導入などが影響しているのかもしれません.

絶滅した産地の最近
写真6.E池,F池の最近の状況,2006.7.22.,
左:F池.見かけは1990年代と大差ない状況であるが,生息については不明である.絶滅した可能性が高い.右:E池.アカミミガメが大量に繁殖している.餌を与えているらしく,人が池の周辺を歩くと,たくさんのカメが浮上して一緒に泳ぐ.
 本種が減少した主な原因は,開発による生息池の埋め立てや,改修による生息地破壊,放棄による池の植生の遷移などでしょう.あるいは採集圧が関係しているかもしれません.本種は結構富栄養化に強いようですが,極端なものは影響を与えるようです.例えばF池は,たくさんいた頃は水の色も黒褐色でしたが,今は水の色が絵の具を溶いたような茶色をしていて(写真3左・写真6左),そうなり始めた頃から幼虫が採れなくなりました.

 垂水区は市街化区域内にあって開発の圧力がかかり,今後も産地が消滅する可能性が高いでしょう.西区は市街化調整区域内で,そういった意味では明るい状況といえますが,もともと多数が生息する産地そのものが少ない状況でしたのであまり期待はできません.唯一多数がいたI池がなくなったのが残念です.

 このように兵庫県における本種は,この1990年代に一気に末期的状況に突入しました.2008年現在,新しい産地が一つみつかっており,その他の未確認情報も耳に入っています.しかし,本種の生息域のほとんどは人の都市生活圏と重なっており,自然の残されているところに生息する貴重種と違って,その未来は非常に暗いと予想されます.

■参考文献

青木典司,1996.神戸市のトンボ相 V (イトトンボ科).Gracile 55:17-24.
青木典司,1998.消えゆく兵庫県のベニイトトンボ.あしおと ' 98.10号:4-6. 兵庫県自然保護協会.
青木典司,1998.神戸のトンボ.神戸市スポーツ教育公社.
青木典司,2001.神戸市のトンボ相 \. (エゾトンボ科,および補遺(2)).Sympetrum Hyogo 7/8:6-8.
苅部治紀・新井裕,2000.自然保護委員会報告・希少種部会.Pterobosca 6A:11-17.
関西トンボ談話会編,1974ー1977.近畿のトンボ第1集.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.
友国雅章・斎藤洋一,2000.皇居のトンボ.国立科博専報 (36):7-18.
蜻蛉研究会編,1998.滋賀県のトンボ.琵琶湖博物館研究調査報告 10.
松本健嗣,1982.神戸市周辺の蜻蛉目.きべりはむし 10(2):1-10.